見出し画像

究極の禁断のnoteは神聖すぎだった。


昨日妹と遊んだ帰りのバスのなかでみつけてしまった禁断のnote。


それはフォロー、フォロワー0、ひとつも❤️がついていないのに


何ヶ月も毎日投稿されているという不思議なnoteだった。


これは今日の貴方にオススメに急にあがってきたnoteで、


恐らく、私が昨日書いたものに


繋がれるキーワードがあったからだろう、


なぞのパスワードで繋がれてしまった禁断のnote。



おそるおそる覗いてみたら


一見普通の日記にみえた。


3つくらい記事を読んでわかった。


あっ、この人、降ろされて書かされてるから、


かいていいのかわからないけど、書かなきゃいけない気がして書いてるのかも


と察した。


恐らく誰にも❤️をつけたことがないから


何ヶ月も毎日投稿してるのに、気づけるきっかけすら与えなかったのだとおもう。



キーワードで偶然この禁断のnoteにあったとしても


だれも❤️をつけてないnoteに❤️をつける勇気はない


そんな神聖な空気が漂うnoteなのに 


ごくごくありきたりな日常が書かれていることが


逆にこの人の正体はなんなんだと


気になって❤️もつけずに読み進めてしまった。


究極の希少性をたもつ、誰もが辿り着けないような仕組みがされた0のnote。


逆に興味をそそられるが、


みてはいけないものをみてしまった気がして


そっと立ち去った。


能ある鷹は爪を隠すにもほどがある。


めちゃくちゃ読みやすい流れるような展開ですすむので、


あ、この人は降ろして書いてるなはすぐにわかったけど、


ありふれた日常こそ幸せなんだが主のメッセージであり


承認欲求ゼロがかえって、承認したくなるという

 

気持ちを抑えながら、


この方の続けられる状態の


0であるという神聖な状態がいつまでも保たれるように


noteのアルゴリズムはよけいなオススメするなよと


背景から人の気持ちを察するができない


AIに苦言をいいたくなった。


信じるか信じないかは、貴方次第です(笑)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?