喉元過ぎれば育児を忘れる、子育てにやさしい社会を

夕方を過ぎたころ子育てママさんからLINEが届く。子どもと一緒に爆睡していたので、今夜は子どもが寝てくれなさそう(泣)という内容だった。それは大変だねと返そうとして、ふと思い出した。そういえば自分たち親子にもそういう時期があったじゃないかと。もう完全に忘れていた。そして、その忘れていたという事実に驚いた。子どもが夕方まで寝ていて夜寝てくれないというのは、シングルファーザーになったここ5年以内の話だ。それほど昔じゃない。あれほど大変な思いをしていたことを、すっかり忘れていただなんて。

子どもが小さいうちの子育てはたとえば「寝る」ことに関するだけでも大変なことばかりだ。まずは寝かしつけ。親が一緒に寝ていないと子どもが寝ない。寝たかなと思って立ち上がろうとすると、しっかりと目を開けている。子どものセンサーは感度が高い。当時は会社員で子どもの世話のために定時前に帰宅している。夜には仕事が残っている。仕事をしたいけれども、なにもせずに横になっていなければならないストレス。しかもこのまま寝落ちしたら進捗ダメです。せめて食器だけでも洗っておこうと寝室を離れると、けんかをする声と泣き声。逆に静かだなと思ってこっそり見に行くと、おもちゃで遊んでいる。やっぱり添い寝をして寝かしつけることになる。

ようやく寝ついたので仕事をしていると、今度は夜泣き。またも寝室に強制送還。このころは毎朝早起きをして保育園のお弁当をつくっていた。明日起きられるかな。それにこの泣き声が続いたら、マンションを追い出されるんじゃないだろうかと不安になる。なんとか泣き止ませて寝かしつける。このまま朝が来れば平和が訪れるかというと油断はできない。布団がぬれている。子どもを起こして下着を替えて、シーツを引きはがして洗濯機をまわす。畳にまで浸透していないことを確認して布団を外に干す。というのを、ふたり分のお弁当をつくりながらこなす。もはや、なにをどういう手順でやっていたのか思い出せない。このころの記憶がすでに飛んでいるのだ。

ネットでよく見かける論争のひとつに、公共の場での赤ちゃんの泣き声に関するトピックがある。連れてくるなとか、泣き止ませろだとか。それに対して、赤ちゃんなのだから仕方がないとか、自分も赤ちゃんのころは泣いてただろうとか。電車にベビーカーを乗せることの是非に関する論争もよく見かける。僕は赤ちゃんを全肯定する派で、たとえ親が泣き止ませる努力を放棄していても許容できる。無理だから、泣き止ませるの。泣き止ませようと努力しているふりをするのが立ち回りとしては正解だとは思うのだけど、いつも正解の行動ができるわけではない。さきほどの例のように「寝る」ことに関することだけでも大変なのに、そういうことが無限にあるのが子育てなのだ。

この論争の重要な点は、赤ちゃんの親を非難しているのが誰かという点だと考えている。子どもがいない子育て未経験の人が非難するのはまだわかる。子育てをママさんに押しつけているパパも子育て未経験に含まれると考えると、赤ちゃん連れの親を理解できないのもわかる。問題は、子どもを育て終わった一部の母親だ。自分も同じように大変な思いをしてきたはずなのに、赤ちゃん連れの親にクレームをつけている。むしろ子育て未経験者のほうが、ネット上の観測範囲においては擁護側にまわる人が多いように感じる。

ワンオペ育児が大変だというママさんに対して「自分は乗り越えたのだからあなたももっと努力しなさい」「わたしのころはもっと大変だったのだからあなたは楽でいいわね」という言葉を投げかける。大変な子育てをした者どうし共感しあうところじゃないの?と思うのだけど、冒頭のLINEの件であらためてわかった。子育ての大変さはその時期を過ぎると忘れてしまうのだ。大変さは忘れてしまうが、苦労したという感覚は記憶にある。しかも人間は自分だけが嫌な目にあうのが気に入らない。それで自分も苦労したからあなたも苦労すべき理論が生まれてしまうのだ。書いていてつらい。

実はこの問題は、政治が子育てしている人たちを無視してしまう問題に結びついている。以前読んだコラムでは子育ての「当事者期間が短い」という表現をしていたと記憶している。僕はすでに寝かしつけの当事者ではない。小学校低学年で起こる問題も乗り越えてしまった。子育ての当事者期間はたかだか数年というところだろう。つまり政治家が子育て支援の政策を掲げたとしても、それがピンポイントで刺さる有権者は少ない。ピンポイントで刺さらないと、当事者を過ぎて大変さを忘れてしまっている。それでは得票につながらない。結果として、政治は子育てしている人たちを無視してしまう。

しかし当事者でなくなった親たちが当事者意識を完全になくしてしまっているかというとそんなことはない。ボランティアカメラマンとして主に子育て関連の活動をしている方々にお会いする機会に恵まれた。みなさん当事者の時期を過ぎても当事者意識を持ち続けて活動を続けられている。むしろ強烈な当事者意識を熱意に変えているようにすら見える。そのへんにいるベンチャー起業家ではかなわないような熱意だ。僕はまだひとり親の子育て真っ最中なので、自分で活動をはじめるのは難しい。そこでボランティアカメラマンやIT支援など、できる範囲でお手伝いをしている。この文章を読んだ人が、元当事者でも未経験者でも、ほんの少しのアクションを起こしてくれたらうれしい。子育て世代の投票率が上がるだけでも政治は子育てを無視しづらくなるので、投票に行くだけでも立派なアクションだと思う。子育てにやさしい社会になればいいな。

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宮崎ひび
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