見出し画像

小説リトルダディー俺に幸せを教えてくれ!!ー 第一話

「リトルダディー俺に幸せを教えてくれ!!ー」 相見美緒&荒谷知櫂


「ぽっぽろーぽぅ」

「ははは……お食べ」


 俺はシタタタとやってくる鳩たちに餌を投げてやる。食う。右へ投げる。食う。ちょっとフェイントをかけてやっぱり右へ投げる。食う。ちょっとフェイントをかけてやっぱり右へ投げる。
 鳩は素直だ。俺が餌をやれば簡単に近寄ってくれるし、餌を投げる方向へ無邪気に従ってくれる。
 人間もこうだったら良かったのにな。俺は西日へ目をやった。西日は斜に構えたように俺へ視線を返してくる。どうやら、西日も俺とまともに取り合ってくれないらしい。ただ、俺は寄り添ってくれる誰かがいて欲しかっただけなんだが。

「はぁ……」

 2週間前、俺は会社から急なリストラを言い渡された。明らかに違法なのに、俺はただ無力にその命令を受け入れてしまった。ブラック企業で心身を使い潰された俺には、逆らう気力も体力も残されていなかった。そして、この現状を家族に言うこともできなかった。次の就職先も決まっていない。こんな年で立派なスキルも持たず急にリストラされた男を雇いたがる職場などどこにもないからだ。
 俺はベンチから立ち上がって、スーツの砂埃を払った。今日もこの鎧を無暗に汚して俺は帰る。
 家に帰ると、妻が包丁でトマトを輪切りにしていた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

妻は振り返らず、黙々とトマトを切り続けている。
俺は冷蔵庫を開け、麦茶を取り出し、冷蔵庫の扉を閉めた。


「うるさい」

ぎろりと妻が睨み、俺はたじろいだ。

「ごめん」

 妻はトマトに眼を戻した。トントントン。軽快な音だ。この家には似合わない。音も、こんな家で生まれたくはなかっただろう。

「おかあさ~ん、おなか減った~」

 二階の扉が開く音がして、すぐに娘の咲希が現れた。今年で一七になる咲希は反抗期真っ只中だ。現に、咲希は俺をちらりと見ると、チッと小さく舌打ちをした。妻似の少し垂れた目尻が不機嫌そうに細まっていたたまれない。昔は、どちらかというとお父さんっ子の可愛い子だったのだ。それなのに。

「あ、もしかして、カプレーゼ?やったあ!」

 咲希は、わざとらしく俺から目をそらすと、妻に駆け寄る。
 肩で切りそろえられた黒髪がフワフワ揺れた。
 しばらくすると、食卓に湯気立った料理が並ぶ。トンカツにわかめとなめこのお味噌汁、生野菜のドレッシングサラダにカプレーゼ。色鮮やかで食欲のそそるいい香りがする。はずなのに。俺はジクジクと痛む胃を押さえた。
 地獄だ。
 楽し気に会話をする二人の目には、俺は映らない。まるで透明人間にでもなったみたいだ。
 地獄だ、ここは。
 落ち着けない家。それでも昔は別に良かったのだ。俺には仕事があったから。だけど……。今の俺には何もない。本当に何もないのだ。