よみがえる正倉院宝物 展覧会
少し前になりますが、2022年6月4日(土)に松本市美術館で開催された『よみがえる正倉院宝物』展に行ってきました。
美術品にはほとんど興味がないんですが、展示品が正倉院収蔵品の再現模造だということで興味を惹かれました。
再現模造とは
再現模造というのは、簡単にいえば本物ではなく、精巧なレプリカのこと。正倉院が自ら再現模造を作っているのです。
本物ではなくて残念、とか、本物が観られる展示会でないと意味がない、というのは2つの点で間違っています。
ひとつは、再現模造が必要となる意義を理解するいい機会で、まずそれを知ろう、ということ。
もうひとつは、その製作理由から、現代の職人が持てる技術の粋を注いで、精巧にかつ緻密に再現を試みていて、単なる「模造」という言葉からイメージされるものとは全く違うからです。
再現模造を作る理由
自分が理解した範囲で、正倉院が再現模造を制作する理由は、3つあります。
奈良時代から伝わるものもあり、時間経過を経てとても脆弱であること。
地震や火災などの万一の災害に対する備え。
どのようにして作られたか、素材や手技などを調査・研究し、後世に伝えること。
順を追って見ていきましょう。
1. 奈良時代から伝わるものもあり、時間経過を経てとても脆弱である
社会や歴史の教科書で見る正倉院の建物は、正倉院正倉といって、高床式寄棟造りの宝庫です。
この建物の正確な建築時期ははっきりとしないようですが、奈良時代に建てられ、戦火や自然災害からの被害を免れて現在まで残っていて、国宝でかつ世界遺産にも認定されています。
昭和になってから東宝庫と西宝庫が新築され、収蔵品はそちらに移されて管理されています。
つまるところ、調度品や武器、織物などが1300年の時間を経てそのまま残っていて、それ故に価値があるわけですが、それだけの時間を経ると、収蔵品がどうなるか。
例えば、絹織物は蚕が吐いた糸(タンパク質)を撚って織ったものですから、数百年も経つと組織が分解してボロボロになってしまうそうです。
他にも、塗装品だと退色といった劣化が進みますから、本物を持って動かすこと自体が難しいのです。
模造品であれば、今回のような巡回展などで使用でき、一般に広く知ってもらうことができるわけです。
2. 地震や火災などの万一の災害に対する備え
地震や風水害、火災などで、これまで残してきた収蔵品を失うことは避けないといけません。
そこで、万一のバックアップとして本物と同等品を別に持っておけば、全てを失うことがないと考えられます。
3で述べるような精巧に作られた再現模造品であれば、バックアップとして申し分ないものでしょう。
3.どのようにして作られたか、素材や手技などを調査・研究し、後世に伝える
収蔵品を伝えていくだけでなく、それらが作られた文化や技術を調査することも学術的に重要なことです。
収蔵品を今の科学技術で分析して、作られた素材や手法を知ることがその一助になることは想像に難くありません。
そして、それを知るだけでなく、実際に作ってみることで分析だけで分からなかった新たな知見を得ることができます。
実際に作ってみる、実験してみることは重要ですよね。
再現模造は、ただ単に似たものを作るだけではなく、当時の素材と同じかそれに近いものを使い、超一流の職人さんたちの手によって作られます。
当時存在しない5軸NCマシニングなどの機械を使って似たものを作っても意味がないわけで、どうやって作られたかも含みで再現模造なのです。
展示品を眺めながら、一切の妥協なく(と思いますw)作られたものばかりに見えました。
このような背景で再現模造品の数々を眺めると、むしろ本物よりも本物らしいと思えてきますね。
もうこっち(再現模造品)でいいじゃん(笑)
展示品
あいにくと写真撮影禁止だったので、写真はありません。今回の記事が文字が多いのもそれが理由です。
このあたりは、普段よく行く博物館と美術品を扱う美術館との違いを感じます。
再現模造品は多くは展示用ガラスケースに入っていたものの、間近で見ることができました。
展示会のポスターにも載っていた螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)は、細かい貝殻細工が大変美しいものでした。
また、八稜唐花文赤綾(はちりょうからはなもんあかのあや)は、全体に唐花文様の入った織物ですが、染料には皇居に自生していた日本茜を使ったそうです。
この日本茜を使った茜色の染料は古代からの日本伝統の染料だそうですが、色を出すのが難しく、技術が途絶えてしまったそうです。
それを今回の再現模造で実現したという、技術的にも意義深いものでした。
まったく、1日で回るのは惜しい内容でした。
鼎談会「正倉院宝物の再現模造」
この日は、正倉院事務所長の西沢明彦さん、刀匠の宮入法廣さん、松本市立美術館長の小川稔さんの3名による鼎談会も催されました。
正倉院事務所の所長さんと、実際に再現模造を手掛けられた刀匠の方が来られて話を聞けるなんて、またとないチャンス。
西沢さんについては、こちらのインタビュー記事がありますので、ご参考にしてください。
宮入さんは、今回展示された黄楊木把鞘刀子(つげのつかさやのとうす)、白牙把水角鞘小三合刀子(はくげのつかすいかくのさやのしょうさんごうとうす)を手掛けられた刀匠。
こちらは手掛けられた再現模造品も含めて、記事を改めたいと思います。
今回の記事はこの鼎談会の内容もおおいに参考にさせてもらいました。
西沢さんの京都弁での軽妙な解説と、宮入さんの専門的で実直なお話が印象的でした。
正倉院では、年1回収蔵品の管理や掃除を行い、宝庫を開くのを「開封の儀」、閉めるのを「閉封の儀」と言って儀式として執り行われるんだそうです。
その理由は、正倉院は当時から、昭和に新築した宝庫も、麻縄によって鍵がされていて、これを解錠できるのは代々の天皇陛下のみだから。
そのため、天皇陛下の使者が来られて開封/閉封の儀が行われ、宝庫を開けている期間中、正倉院事務所の担当者の皆さんで収蔵品の調査やメンテ、掃除を行うんだそう。
たかが掃除と侮るなかれ。
専用の掃除機を使用し、収蔵品の破片などが紛れていないか、取ったゴミを再チェックする徹底ぶり。
学芸員や専門家自らが掃除まで行うことに、自負を持っておられる様子でした。
また、正倉院の紹介や再現模造の意義だけでなく、実際に再現模造として試作した刀子(とうす)で木片を切るところも見せてもらい、大満足の内容でした。
公式図録もお買い上げ。いい買い物をしました。
参考文献
[1] 宮内庁正倉院事務所 他. 御大典記念 特別展 よみがえる正倉院宝物 ー再現模造に見る天平の技ー. 朝日新聞社, 2020.
見出し画像出典: よみがえる正倉院宝物Webサイト https://shosoin.exhibit.jp/
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