長編小説「きみがくれた」下ー⑬
「右腕」
両手に一つずつカゴに入った花鉢を持って霧島が戻って来ると、亮介は3つ目の花束を包み終えるところだった。
「この後まだ寄せ鉢と花鉢が2あるからおまえそこのテーブルでやれ」
亮介は顎でそう指しながら勢いよくフィルムを引き出し上から真っすぐにハサミを入れた。
「どうなっても知らねえからな」
霧島は亮介の後ろへ回り、色紙を2枚切り出すと脇のテーブルの上に置いた。
それから横にずらりと並ぶ色とりどりのリボンの中から水色と“若葉色”の2本を引き出すと、片手の先にスルスルとリボンの花を作り始めた。
「おぉ!まだ覚えてんな!しかも普通に2本どりかよ!」
亮介のうれしそうな合いの手に見向きもせず、霧島は見る見るうちに手の大きさと同じくらいの“ループリボン”を作り上げた。
それをワイヤーで仕上げて鉢に挿し、淡い空色の紙をカゴに挟み込みんでから透明なフィルムで全体を包んだ。
「よく覚えてるなぁ、ワイヤーの使い方もバッチリじゃねぇか!」
おまえは俺サマの右腕だ。
亮介は隣で“寄せ鉢”を包みながらにやりと笑った。
「冴子に散々叩き込まれてたもんなぁ!二人とも器用だから教え甲斐があるってな!」
ホチキスを霧島に手渡し、亮介は二つ目の寄せ鉢のカゴを台に置いた。
霧島が言われた通り3人分の接客を終えた頃、亮介は配達の荷物を全てミニキャブに積んでいた。
亮介が地図を持って霧島を呼ぶと、周りを囲んでいたたくさんの女性が一斉に抗議の声を上げた。
「ここはもういいから行ってくれ!時間が‥」
「えーなんでよぉ!配達なら亮介君が行けばいいじゃないのぅ!」
「そうよ、私、霧島君に花束作ってもらいたい!」
「私も!」
「私も霧島君がいい!」
女性たちは口々にそう言って霧島を引き止めた。
「ねぇうちにも配達に来てくれる?ついでにお茶とお菓子も用意しておくから!」
「わぁ!それいいアイデア!うちにも来て欲しい!」
「ちょっとちょっと皆さん俺のことナンだと思ってんの?つかそーゆう類のサービスはやってません!花屋だからね、うちは!」
亮介は女性たちを制し、霧島に地図を渡した。
「えー、もう行っちゃうのぉ?」
「私の注文も聞いて欲しいのにぃ!」
「私もお花包んで欲しかったぁ!」
そんな女性たちの残念そうな声に、霧島は丁寧にこう答えた。
「すみません、受け取る方に申し訳ないので」
軽く頭を下げた霧島に、けれど女性たちの声は止まらなかった。
「やーん!なぁにそれ、謙虚~~!」
「超イケメンなのに超控えめぇ~~!!」
「やぁだぁ~~そんなのなんにも言い返せなぁい!」
「――――‥‥」
霧島の言葉は全く効果がなかった。
そのことに霧島自身が唖然としていた。
お客さんたちは尚更に盛り上がってしまい、霧島は亮介に目で訴えた。
「火に油?つうか焼け石に水?」
亮介はおもしろがってそんなことを言いながら車のカギを渡した。
「急がなくてもいいが、夕方までには終わらせてくれ」
安全運転優先、と念を押し、亮介は霧島を送り出した。
駐車場に真っ赤なミニキャブを見つけドアを開けると、助手席には何かの包みが置いてあった。それにペットボトルが2本転がっている。
霧島はそれらを一旦ガラスの前に置き、運転席に回った。
「ああそうだ!霧島ぁっ!!」
店の方から亮介のよく通る大きな声が聴こえた。
エンジンを掛ける手を止め、霧島は窓ガラスを下げた。
顔を出し、亮介に向かって
「まだなんかあん――」
そう言おうとした霧島に、満面の笑みの亮介が両手を大きく振っている。
「‥?」
こちらへ向けて、亮介の大きな声が飛んできた。
「―――お帰りーーーっっ!!!」
「―――‥‥‥」
シートベルトを締めながら霧島は真っ直ぐ前を向いた。
「これから行くんだっつぅの」
そう呟いて、霧島は口の端を少し上げた。
その笑みを浮かべた表情は、無言で「ただいま」と言っていた。