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lucky_daisy535
長編小説「きみがくれた」中‐㊶
「予感」
まだ暗いハルニレ通りを冷たい風が吹いていく。
石畳に積もった落ち葉が乾いた音を立てて転がっていく。
いつものように足早に進んで行く霧島の後を追いながら、けれど前とはどこか違うその足取りに気が付いていた。
エコマートで買ったソーダ水とシュークリームを下げて、今朝も霧島は月見山へ登る。
吹きさらしの野原を囲むように遠く葉擦れの音が山を渡る。
霧島はその真ん中に腰を下ろし、ギターを鳴らした。
もう以前のように涙は流さなかった。
表情もなく繰り返される同じ音色。
風が山肌を撫でるたび、木々の葉が音を立てる。
地響きのような突風は、足元の僅かな草さえさらうように大空高く吹き上げていく。
ギターを鳴らす霧島の上着を膨らませ、黒髪を掻き混ぜる。
白いビニールが音を立て、枯葉が舞い上げるその先に、眩しい程の青空が澄み渡っていた。
“もうすぐ行ってしまう”
吹きすさぶ風に消えてしまいそうな横顔を、隣でずっと見上げていた。
“また、いなくなってしまう”
太陽の光の中に霞むその鼻先を、いつまででも見つめていた。
“きっと、もうすぐいなくなる”
吹き上げられた前髪の下に、黒く濡れたような切れ長の瞳―――。
差し出されたその指先を鼻先で受け止める。
冷たい温もりが顎の下から耳の後ろへと滑る。
お別れの日が近付いていた。