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ホンダジェット生みの親・藤野道格氏に聞く。これからのエンジニアとリーダーの在り方

皆さん、こんにちは。先進技術研究所の小川です。今回は、スペシャルゲストに来ていただきました!

航空機の開発をやりたくてHondaに入社した私が新入社員から担当したのがHondaJet。その開発責任者である藤野道格さんをお招きして、じっくりお話を伺いました。

あらためて藤野さんから見た新入社員・小川厚は、どのような人物だったのか。そして、エンジニアにとって重要なこと、組織のリーダーとしてのマネジメントなど、深くお聞きしました。

研究者は「基礎」があってこそ

小川:藤野さん、あらためて本日はありがとうございます。こんなことを正面から聞くのもお恥ずかしいのですが、藤野さんからご覧になって、私はどんな新入社員でしたか。

藤野:小川さんが入社したのは1998年だよね。当時を振り返ると、HondaJetの前にやっていた航空機のプロジェクトが1996年に終わって、1997年に新たにHondaJetの企画が通ったタイミング。新プロジェクトで人員補強が必要となって、久しぶりに新人を採用できる、という状況だった。

そのとき、与えられた新入社員の枠は4人。だからこそ、限られた枠でできるだけ良い人をと思って採用した新人の一人が、小川さん。その後、私の専門である空力の部門に配属したんだよね。私の専門分野だから求める水準も高かったが、小川さんを選んだんだよ。

小川:ありがとうございます。

藤野:というのも、小川さんは何か課題を出したときに、きちんとまとめて持ってくる。新人のときは、まだ知識も経験もないから、きちんとまとめるということができずに誤魔化してしまう部分も出るものなのに、小川さんはきちんとまとめて報告していた。研究開発の現場では「マッドサイエンティスト」というような言葉にも表わされるように、新しいものを生み出す仕事は結構ラディカルで破天荒なイメージもあるが、やっぱり良い仕事をするためには基本的な部分が重要で、そこが小川さんはしっかりしていたと思う。

また、私はあえてメンバーを放っておいて、そのときにどんな行動をするかを見ることもあった。よくあるパターンが、仕事を与えられないと何もすることがないから、ただ他のメンバーと雑談しているだけとか、仕事を学ぶことよりも仲間を作ることだけに一生懸命になっている人。この点でも小川さんは少し違っていた。自分でテーマを見つけて、こつこつと能動的に研究していた。

「任せる」と「そうせい候」は全く違う。リーダーに求められるのは判断力

小川:いったん放っておく、というのはHondaのカルチャーですよね。このnoteでいろんな方の話をお聞きしていますが、どなたも口をそろえておっしゃいます。私自身、所長を務める先進技術研究所でも、あえて放っておく、そのときメンバーが何をするか、というのはよく見ています。

藤野:これはとても重要なことで、私たちが取り組んでいる領域は、手取り足取り教えてもらえばどうにかなるというようなものではないんだよね。もちろん高校生くらいまでだったら、良いコーチがいて、伴走してもらうことが成長につながることもある。でも、それ以降になると、過去に学んだことをいかに応用して、自分なりのクリエイティビティを出せるかが勝負。

もちろん、そうしたアプローチができるかどうかにはマネージャーが担う責任は大きいと思う。各メンバーの素養を見抜き、個々人にあった機会を与えられるかが、企業のダイナミズムに直結するから。誰に対しても同じ教育を施し、平等に接するだけでは、これからの時代を生き抜くことはできない。

小川:放っておくだけでなく、しっかり見るのも重要、ということですよね。

藤野:そうだね。単なる「そうせい候」にならないように注意しないといけない。これは、江戸時代のある大名が、どの家臣からの提言を聞いても、すべて「そうせい(そのようにしろ)」と答えていたのを揶揄する言葉なんだけど、やっぱりトップの重要な仕事の一つは「判断」だから。

つまり、任せるというのは「この人へこの内容の仕事を任せても大丈夫」というクリティカルな判断があってこそ。その観点で言うと「何かあったら責任はオレが取るから」といって何も考えずに丸投げするは良くないと思う。一見親分のようで聞こえは良いけど、単に他者に丸投げしているだけで、例えば何かあったときに上(リーダー)が辞めて責任をとったとしても、その仕事をしていたチームメンバーにとっては何にもならない。

小川:藤野さんは実質的なトップとして技術もマネジメントも見られていて、空力はもちろん、電装や機構、構造など、あらゆる領域の情報が集まり、判断されていました。各領域長にも相当なプロフェッショナルが集まっているのに、それがかすんでしまうほど、すごかった。その裏には、今おっしゃったような考えがあったんですね。

藤野:航空機は複雑で、緻密にいろいろなことを考え抜かないと成功は絶対にない。勝負事で「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」という言葉があるけど、航空機開発・認定においては「よくわからないけどなんとなく偶然うまくいっちゃった」というような不思議の勝ちはないから。

それに、何をやるにしても、時間は有限。多くの人が、その有限な時間をせっかく使うなら、意味のあることをやらないともったいない。だから「放っておく」といっても、前提としてリーダー自身がしっかりと仕事を見て理解していないとダメ。時間の使い方も、重要な勝負どころでは成功の確率を高めるために十分に時間を使って考え抜くというようなメリハリも重要だよね。


小川:物事の理解と判断は、頭で理論を理解するだけではなく、身をもって体験することも重要ですよね。その点、僭越ながら私から見ていて、藤野さんはあらゆる領域で数字の重みといいますか、理解の深さが圧倒的だと感じていました。

藤野:今はCADとかNASTRAN(※)、CFDなどデータを入れれば比較的簡単に答えが出てくるシミュレーション・ツールがあるからこそ、根本的な物理への理解がもっと重要になっていると思う。小川さんに最初にお願いしたのはフラップの2次元設計だったけど、計算で出てきた数値が正しいのかおかしいかをしっかり自分の中で整理して理解していた。

そして、これがさっき言った「きちんとまとめてくる」ということ。資料を綺麗に作るとか、そういう表面的なことだけではなくキチンと内容を理解してロジックを持って結果をまとめてくるということが重要だと思う。

※NASTRAN…NASAで開発されたプログラムをもとに汎用として改良した構造解析ソフトウェア

小川:計算の結果、変な数値が出てきたときに「この解法だから、こうなるのか」と理解できるかどうかは大きな違いですよね。

人事評価は「なぜ、そうしたか」を説明できなければいけない

藤野:人事とかも同じで、なぜそのような評価をしたのか、必ず説明できないといけないと私は思っている。だから、HondaJetのチームでも「あなたは部下の評価をどのように考えて決めたか」の説明を求めるようにしていたし、そうすると段々「いい加減な人事評価はできないぞ」というふうになっていく。自分の子分だからとか、単に頑張っているから、とかいい加減な評価をしないような組織になることが大切。

小川:人事でいえば、不思議なことにダメな人ってダメな人を引き上げるんですよね。さらに、いくら優秀な人でも、人の目利きはからっきしなこともあるのが難しいところです。

藤野:会社は1人では成し遂げられないことを実現する場所だから、最後は人がモノを言う。だから、マネージャーや経営者の重要な仕事は、判断とともに人の登用なんだよね。

小川:結局、最後は現場ですからね。


藤野:もっと言うと、感じがいいとか、誰と近しいからといった表面的なことにとらわれないことが重要。例えば自分の子供や家族が重い病気にかかったときに、どんな医師に手術を頼みたいかを考えてみてほしいんだけど、感じが良いとかという理由は二の次で、とにかく腕の良い医師が良いでしょ。それこそが結局、最後の最後に重要な場面で活躍できる人材でもある。しかし組織が大きくなると、なぜか仕事の内容以外の要素が大きく影響するようになってしまう。

小川:そう言えば、当時の私は茶髪でピアスもしていました。そんな私をフラップの担当者に抜擢したことで、周囲から何か言われることはありませんでしたか(笑)?

藤野:うーん、確かに「本当にアイツで良いの?」と言われることはあった。でも、私は中身を見ていたから。繰り返しだけど、エンジニアには知識、つまり理論と経験の両面が必要なんだけど、小川さんはまず理論をきちんと理解して基礎がしっかりしていて光っていたよ。

小川:めちゃくちゃうれしいです。実は、HondaJetから離れてしばらく後にお会いしたとき、お世辞だとは思いますが「あのままいれば後継者になってくれると思っていたのに」と声をかけていただいたのは、今でも忘れられません。あの後数日は、思い出すたびにニヤニヤしていたと思います(笑)。

経験を積んだからこそ分かる、「技術の前に人は平等」の意味

藤野:今回、こうした機会をいただいて久しぶりに小川さんに会って話をしたんだけど、本当にいろんな経験を積んだんだと感じた。私自身もそうだったけど、外から順調に見えても、やっぱり人に言えないような苦労や思いがたくさんあったろうし、本当によくここまで頑張ったよね。

小川:ありがたい言葉を頂戴しましたが、ご一緒していたころから20年以上がたった今でも、まだまだ空力で分からないことはたくさんあります。また、先進技術研究所で取り組んでいる全固体電池や自動運転でも、私よりよっぽど詳しいメンバーがいるので、勉強の毎日です。


藤野:Hondaには「技術の前に人は平等」という言葉があるけど、実はこれは簡単な言葉ではないんだよね。だって、技術に対する理解や経験は、人によって違うわけだから、平等というはずがない。

私自身、昔からすさまじいスキルや経験を持った先輩に対して「平等だ、私と同じだ」なんて思ったことがない。要はたくさんの知識や経験を積み上げて初めて身をもって分かる深い技術もあるわけだから、「技術の前では人は平等」というフレーズはむしろ謙虚さ、そして技術や技術者へのリスペクトの重要性を説いている言葉だと理解している。その意味で、小川さんが技術に対する謙虚さやリスペクトをなくしていないのは、うれしいし素晴らしいと思います。

小川:ありがとうございます。まだまだ学ばないといけないことも多いですし、最前線にいる若手にも認めてもらいたいという思いは、常に持っています。久しぶりにじっくりとお話しできて、うれしかったです、今回はありがとうございました!