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パナソニック コネクトCEO 樋口泰行さんと語る、企業が大切にすべきもの
皆さんこんにちは、本田技術研究所・先進技術研究所長の小川です。先日、パナソニック コネクト CEOの樋口 泰行さんにお招きいただき、社内向けのライブ配信番組「Ch.Yasu(チャンネル ヤス)」に出演させていただきました。YouTubeでも配信されているので、ぜひご覧になってみてください!
パナソニック コネクトは、パナソニックグループにおいてBtoBソリューションの中核を担う事業会社で、ソフトウエア、ハードウエアともに幅広く手掛けています。樋口CEOは、パナソニックの前身である松下電器産業でのエンジニアを経て、ITや小売大手の企業経営者を歴任された、言わば“経営のプロ”。2017年にパナソニックへ戻られ、様々な改革を行って事業強化に日々取り組んでいらっしゃいます。
Honda一筋の私と、複数企業を見てきた樋口さん、話の内容は予想もつきませんでしたが、実に面白い対談となりました。番組終了後にもお時間をいただいて、じっくりと語らせてもらったので、その内容をぜひ。
HondaとPanasonic、似ているようで個性の異なる2社
小川:今日はお招きいただき、ありがとうございました!樋口さんが突っ込んだ質問をたくさんしてくださるので、私も思わず話しすぎてしまったような気がします(笑)。
さて、改めて今日お話ししてみて、樋口さんの目にはHondaってどういう企業だと映りましたか?Hondaには本田宗一郎、パナソニックには松下幸之助さんというカリスマ的な創業者がいて、どちらもフィロソフィーを重んじる企業文化なので、似ている部分も多いのかなと感じていましたが。
樋口:小川さんとお会いするのは今日が初めてですが、Hondaには、Hondaイズムと言いますか、創業者の技術者魂というのが脈々と流れていて、小川さんはそれを地でいっているような方だと感じました。そういう人が上に立っていると、その下で働くエンジニアの方々はすごく勇気づけられるだろうなという風に想像して、お話を聞いていましたよ。
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小川:樋口さんは、当時の松下電器産業に入社して、そこからいろいろな会社で経営者として手腕を振るったのちに、パナソニックに戻られたわけですけど、そうした経歴を経ると、会社はまた違って見えるものですか?創業者の魂みたいな部分はどう見ていましたか?
樋口:僕は例外中の例外というか、出戻りで今パナソニック コネクトの社長をやっているめずらしいタイプだと思っています。外の世界を見て帰ってきた時に気になったことは、創業者の過去の発言や価値観の一部分だけを切り取ってしまったりとか、真意と異なって解釈されたりっていう部分ですね。
時代に合わせてアップデートしていかないとならないのですが、時代錯誤的なところが残ってしまっている印象があったので、私の場合は原点やイズムみたいな部分を一旦忘れてしまうぐらいの勢いで変革することが求められているということを前提にしていました。電機のドメインって、すでにインターネットやデジタルの波が来て、それを新興勢力にリードされてしまいましたよね。そんな状況で悠長なことを言っている場合じゃないので、あえて振り切っているという面はあります。
小川:パナソニックに戻ってこられて、相当大きな改革に取り組まれたんですよね。当然痛みを伴うものも多くあったと思いますが、そのときに大義というか、拠りどころとして大切にされていたのはどんなことだったんですか?
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樋口:パナソニックに戻る前は、日本ヒューレット・パッカードや日本マイクロソフト、そして小売業のダイエーの仕事もしていました。ダイエー時代は、総合スーパーのビジネスモデル自体が立ち行かなくなるような時代の変化がありました。でも、社員は一生懸命に働いてくれているんです。そのとき、これは誰の責任かと考えたら、やはり経営の意思決定の責任に他ならないんですね。戦略を誤ると、一番不幸になるのは社員だというのを間近で見てきたからこそ、そうなる前に決断していかなければならないという意識が強いです。
企業のアイデンティティーとは?何を大切にすべきかを見抜くために
小川:今日初めてお会いして、すごく芯の強くて厳しい方なんだろうなと、オーラで感じました。でも、おそらくいろいろな経験をされたが故に、こうしてお話ししているときに出る柔らかさもあって、その両方持ち合わせていらっしゃる。私もこういうオーラを出せるようになりたいなと思いました。
樋口:大企業は「コングロマリット・ディスカウントだ」と言って、なんでも多角的にやっていますが、それをなかなか辞めることができないんですね。その中で、コアを定めるっていうのは、努めて冷静にやらないといけないので、本当はそういう冷たい人間じゃないんですけども(笑)、心を鬼にしてやってきた部分もありますね。
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小川:辞める、捨てるってすごく勇気のいることだと思いますが、逆に「これは守らなければ」みたいな部分はあるんですか?
樋口:またちょっと極端なことを言いますけども、もう全部辞めるつもりで考えないと、本当にやるべきことを見極められないんですよね。だから、思いっきり振り切って、すべてをゼロベースで見直しました。「本当にこれが要るのか?要らないのか?」、一つずつを吟味して判断しました。
小川:そうやって大ナタを振るって改革されてなお、パナソニック コネクトをパナソニック コネクトたらしめるものって何なのでしょうか?
樋口:社内で言われたのが、「樋口さんの言う通りにやっていたら、パナがパナでなくなっちゃう」と。でもね、そのまま何も変えずに落ちていっていいんですかということを逆に言いたかったんですよね。創業者がまだご存命ならば、創業者の言ったことを直にそのままやっている会社に満足するわけがないんですよ。時代とともにアップデートしてやらなきゃいけないんだろうという風に解釈しました。
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小川:Hondaもいろいろな事業をやっていますが、二輪、四輪、パワープロダクツ、航空機といったモビリティを中心としたものに集約されます。例えば二輪や四輪を辞めますっていうことはおそらくないですから、モビリティに用いる技術の中で、何に注力するかという判断が必要になりますが、Hondaには世界トップレベルの技術者が揃っているので、その選択は意外に難しくないはずなんです。ただ、事業終息の話になれば、反対意見も多く出ると思うのですが、決断したリーダーとして心がけている姿勢などはありますか?
樋口:全員のコンセンサンスが得られれば進められる、そうでないと何もしないっていうのは、やはり日本企業の大きな特徴で、1人でも反対していたら、やめておこうかみたいな感じになりますけど、例え9人反対して1人しか賛成しないけど、その1人の言っていることが絶対的に正しいケースというのがありますよね。Greater Goodとでも言うような、世の中的に正しいこと、これを勇気をもって進めることで最終的に全員がわかってくれるだろうという考え方をしています。
小川:そこは僕も通じる部分があると思っていて、何かをやる、やらないという決断は、トップの役割なんですけど、その時にフェイストゥフェイスでキーパーソンと話をして、さらに、全員とは話せないから、オンサイトミーティングなどでブレずに言い続ける、それ以外にないかなと思うんです。
ただ、Hondaでやっぱり重要なのは、そこにちゃんとHondaフィロソフィーとして、考え方の筋が一本通っているかどうか。それと、その取り組みの必要性というのをセットで説明して言い続ければわかってもらえるはずだと思っています。
この先も企業が続いていくために。トップの視線はどこへ向かう?
小川:パナソニックさんが今年創業107年目、Hondaは創業76年目を迎えます。時代が移り変わり、技術もどんどん進化していく中で、両者が生き残っていくためには何が必要だとお考えでしょう?
樋口:ダーウィンの進化論のように「強いものが生き残るのではなく、変化に適応できるものが生き残る」という視点が重要だと思います。
日本企業はこれまで、戦略的に「選択と集中」を行い競争の場を選ぶことをあまり進めてこなかったように感じます。かつて日本企業は何を作っても高品質で低コストに抑えることができる時代がありました。しかし、その後の転換に十分に対応できていないのが現状です。つまり、変化に適応する力が不足しているのです。
企業として、柔軟かつダイナミックな組織を作ることが、まず大切だと思います。これまで製造業として成長してきたものの、製造業だけでは将来的に厳しくなる可能性があります。その時にどう価値を提供するのかを真剣に考え、柔軟に進化していくことが求められているのではないでしょうか。
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小川:私は長期的なビジョンを考えるとき、農業革命や産業革命といった歴史的な変化をよく引き合いに出します。これらの革命以降、社会は「集中と分配」を軸に構築されてきました。大量生産もその一例ですよね。情報もマスメディアが一元的に管理していました。しかし、これからの社会はその効率化を基盤としつつ、「自律分散型」へとシフトしていくと思います。たとえば、エネルギーに関しても、発電から輸送、消費まで地産地消の形が加わります。情報においても、Web3.0のように個々の情報がより重要になっていきます。
Hondaはモビリティカンパニーとして活動していますが、実は、モビリティというのは「自律分散」の第一歩でもあるんです。エッジコンピューティングやバッテリーなど、これからの社会においてモビリティは、単なる移動手段ではなく、より中核的な存在になっていくはずです。そうなると、実はクルマの付加価値は今以上に高まっていくと思うんです。その際にボトルネックとなる課題を明確にし、解決していくことが求められます。たとえば、バッテリーや半導体、通信の分野が大きなカギになります。適切なパートナーと連携しながら、成長していくことが、生き残るための鍵になるのではないかと思います。
樋口:私たちも「Thriving」、社員一人ひとりが自律的に考えて動く組織を目指しています。それに近づくために日々取り組んでいるつもりです。
それが、組織の「らしさ」を形作る要素の一つだと思っています。そのため、何か変化を起こす際には、方向性や哲学、文化を含めてトップがトーンセッティングを明確にすることが重要なのではないでしょうか。そうすると、社員一人ひとりが「そういうことか!」と理解して、自律的に動けるようになっていくのではないかなと。
小川:研究開発の観点から考えると、特に重要なのは「今ない客観」をどう作るかということなんですね。私たちは、まだ見ぬ技術を開発していくわけですから、新しい「客観」を生み出している存在と言えます。客観というのは単独で生まれるものではなくて、「相互主観」から。つまり、個人の強い主観同士がぶつかり合い、共鳴することで、初めて新しい客観が生まれると思います。だから、「個人の主観」というのは非常に重要で、個々の研究者が持つ独自の視点やアイデアがなければ、イノベーションは生まれない。ただ、組織としてどんな領域に注力するのか、方向性を示すことは大切です。
自律・分散・協調の特に「自律」の部分、特にここをしっかりと押さえていければ生き残れるはずですから、Hondaがそんな会社になってほしいと思って言い続けていきます。
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まだまだ話は尽きませんでしたが、パナソニック コネクトさんのnoteでも、2人の対談が掲載されています。「ソフトウェアデファインドビークル(SDV)」についての話題や、若手技術者へのメッセージなど、こちらも面白い話になりましたので、ぜひ!