ゴシック・ロリィタ・ロックンロール・エチケットVol.7〜バーン・イン・ウグイス〜
あの日私何着てたっけな。
もはや忘れてしまった。ロリィタは着てなかったと思う。
ライブを見に行く時はパニエは控えている。邪魔になるし。今回会場めっちゃ狭いよ、とも言われていたので。
その日そのバンドを見に行ったのは、仕事でオッサンに怒鳴られ、あぁもう嫌だなぁって時にそろそろ奴らの「うるせぇ!」を聞きたくなったからだ。
私の代わりに誰かに叫んで欲しい言葉があった。「うるせぇ!」と、社会に対して絶叫したかった。
相方も来た。ふらっと合流。直前にネイルをしていたので爪を見せびらかすと「よかったねぇ」と微笑んでいた。
差し入れを買おうと思ったがドンキしかなかったので最近私がハマっている海苔ふりかけを購入。ハマってくれるといいな。
中華を食べ、会場に向かう。
ボーカルに海苔を渡すとありがとう。と言われつつ「?」っていう顔をしていた。食えばわかるよ。
確かに会場はめちゃくちゃに狭い。
SEと「うるせぇ!」という叫び声でライブが始まる。もう満足した。すっきりした。最高じゃん。
ベースが初っ端からスタンドをすっ飛ばす。すかさず回収。怪我をすると危ない。
狭い。とにかく狭い。スタジオライブ??ってくらいのサイズ。熱狂に包まれる。いいなぁ、かっこいい。私もここでやってみたいなぁと思った。
ベースアンプの真横に行けばベースの音が直に聞こえる。これはミスも1発でバレる。やっぱやりたくない。
相方は遠慮なく、と言わんばかりにドラマーを凝視していた。怖すぎる。やめてあげて欲しい。同業者に凝視されるライブほどしんどいものもない。
彼らの曲の中で1番好きな曲が始まった。好きな小説のタイトルがついた曲。また実写化するならこれ以外主題歌にしないで欲しい。
今からでもこれを主題歌にして欲しい。
狭い会場がとんでもない暑さを孕んだ頃、続々とかっこいいバンドが煙をあげて爆発していった。
会場を後にして駅へ向かう、メンバーに挨拶できなかったが、まぁまた会えるし、その時にでも。
土曜日の夜は眠たくなる。お酒も飲んだし、世界がぐるぐる回ってご機嫌になる。
世界はこんなにも、怖い。
できることならライブハウスに引きこもって外に出ることはないくらいでいい。
「こら」
駅のトイレに並んでいるともはやお馴染みになったシュガーブーケが声をかけてきた。
個室が空く、当たり前のように一緒に入ってきた彼女は私の頭を小突いた。
痛い。
「あんたここから出る気はないの?」
いや。仕事もあるし、家だってあるから帰りますよ。
「ずっとここにいるの?」
は?
「売れるつもりないの?」
いやめっちゃあるけど
「それなら外に行かないと、倉庫だろうが、商店街だろうが、ベースを背負って街を出ないと」
それはそうだけど。
「ジャンケンしよう」
別にいいけど。
チョキで負けた。シュガーブーケはグーのまま私の頬をぶん殴った。
痛いな。今日はやけに暴力的だなこの人。
目が覚める。
「ちょっと前にさ、ここであなたを見たよ」
うん。献花の帰りかな。
「そうそう、あんた友達と色々熱い話をしてさ。」
ツーマンライブ成功させたいねって。まだ日程も決まってねぇけど。
「絶対やりなよ、狭い通路でも、ライブハウスでも。それがどこであろうと、絶対なんかやれ。」
なんかやらないと見てもらえないしね。
「チョキが出せてもさ、負け続けだと進めないわけじゃん」
グミチョコレートパインの話?
「そう、本当はチョコレートでぶち抜く力があっても周りのグーが強いとあなたは前に進めないよ」
確かにね。
「集客とかギャラとか、なんか色々絡んできてややこしいけど、何も恐れないで強化したグーで少しずつでも前に行かないと、外にも出れないよ」
「チョコレートで一攫千金なんてまだあんたには早いよ。バカだし。あんたの職場の机に溜まった未処理の伝票だって一個ずつやらないと終わんないでしょ。」
うるさいな。
でも私も相方も20代後半だよ?グリコでちまちま進んでる時間はもう無いの。早くやんなきゃ。早く追いつかなきゃ。周りが固めてきたグーを粉々に粉砕できるくらいね。
それがペンチかもしれないしニッパーかもしれないし甘い甘いチョコレートかもしれない。
私は私の作者が私だってバレないように作られたガワだからいつ崩れるかもわからない。
何を言うかじゃなくて誰が言うかの世界になったこの世界で、私は説得力のある皮を被っていないと誰もついてこない。
だからあの子も素とステージじゃあ別人じゃん。
「まぁあれはそうだろ。」
私はどうなんだろうね。
「猫をかぶって街を出よう」
つまりそう言うことだよ。赤花ハガレの皮に騙されてもらわないと。
うまくやらないと、私を好きになった人もしつこくしてたら、いつか嫌われるかも。
「あんたちょっと仲良くなったらすぐ構ってほしくて仕方なくなるでしょ」
うん。幻滅されるかもね。
「仕方ないんじゃ無い?やめなきゃね」
うん、、、。
「アンタそんなんだからメンヘラなんだよ。好意の上に胡座をかいてたらダメだよ」
またグーで殴られた。今日だっていつだって、グーで殴られる。奴らが積み重ねてきたものが、彼の張った虚勢が膜になって岩になって転がった。それに踏みつけられるような、ハサミ一つで戦ってきた悔しさ。
「でも幸せ?」
最近楽しいよ、色んな人に会えてその度にグーで殴られる気持ちになるけど。会えて幸せだよ。本当に。
「それは良かったね、でも、負けたく無いよね」
勝ち負けが何なのかわからないけど、全然まだまだやらないと追いつけないのはすごいわかるから、もっと頑張るよ。
彼らにも、赤花ハガレに出会えて幸せだなって思ってもらえるように。癖になってもらいたいな。中毒性のある女の子にならなきゃ。
「女の子って歳でもないだろ、そろそろ」
黙れ。私は最近この韓国海苔ふりかけがないと生きていけない。ハガレちゃんが居ないと生きてけないってくらいの存在になりたいな。ちょっと怖いけど。うちの曲が無いと世の中回らないくらいになってほしいな。
「自惚れんなよ。今のままじゃ無理だろ。」
またグーでポカリと殴られた。
「理想ばっか言ってないで早く練習しろ、馴れ合ってないで早く営業かけろ。誰よりも熱意を持って音楽やれ、誰よりも誠意を持って世の中を渡りなさい。小さいところからみんな見てるよ。世の中は狭いよ。本当に狭いからね。アンタがなんかやらかしたら明日にはみんなアンタの敵だよ。ここにきて一年くらいのアンタより、みんなアンタより愛されてんだからね。」
シュガーブーケは何もなかったように消えていた。
トイレなんだよここ。相方待たせてるかなぁ、ごめんね。って感じだな。
あいつはあいつでわざわざ私と歩幅揃えてくれるからな。申し訳ないな。