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Eureka! (7) ~ 単一民族国家の記憶教育

少数民族もいるとかいう左翼みたいなことは置いといて

私は教育のプロ、学習のプロとしての経験はありません。
ゴリゴリのインベストメントバンカーとしてのキャリアを歩んできました。
人生の波を楽しく乗りこなすためには、大きな波を乗りこなすためにはどんなことが必要なのか、自分の経験から帰納法的に得た教訓を、MBAの経営学理論に当て嵌めてフレームワーク化したのが「Eureka!メソッド」です。

昨日は、市内の日本語学校で外部講師として外国人に授業してきました。
~~それまでの経緯~~
5年前、私は地方創生の仕事をしていました。市長や市役所の担当課長にはいっぱいいっぱい提案をしました。職場でもいっぱいいっぱい提案しました。
その提案の一つには、「多文化共生」と「私たちの街をトイレ休憩から宿泊地に変える(ハブスポーク)」というのもありました。
私のアジアからの外国人の友人はしょっちゅう日本に遊びに来ています。
今回は東京と軽井沢、その前は東京と日光、この次は東京と水上.…
東京プラス1なんです。
なぜか?軽井沢も日光も水上も東京から2時間だから。そんなにいろいろなところに一回4泊の旅行では回れないから。
パーキングエリアに寄ったところってあんたの街なんじゃないっけ?
こんな会話が何度もありました。

そして、私自身が旅行者として旅行でめんどくさいのはスーツケースの開け閉めだと知っているんです。パンパカパンに詰まってるスーツケースを閉めるの大変なんですよ。(空港でスーツケースを開けろって言われて、「え~開けるの?でもじゃぁ閉めるの絶対手伝ってね」ってごねて怪しまれたことがあります。そんで開けたら上蓋がパーンって上がってwほらね。言ったでしょ?大人二人が上に乗ってやっと閉まった。)

じゃぁどうしようか?
私の街は東京から1時間。それぞれの観光地にも1時間。
今までトイレ休憩で高速のパーキングに15分いたところを、一旦私たちの街まで移動して、ホテルに泊まって、スーツケースを開けて、あとはバックパック一つで今日は軽井沢、明日は水上、明後日は日光に行けたら楽なんじゃね?
別に特徴が無い街だけれど、どれもそこそこのモノは揃っている。まぁまぁなホテルもまぁまぁな飲食店も。世界を魅了するような街ではないけれど、泊まるだけなら全然オッケ-。
じゃぁそんな街で足りないのは何か?ホスピタリティだ。
じろじろ外国人を見て無言で立ち去る人々を見て旅行客はどう思うだろうか?私たちに悪気があるわけではない(のだろうけど)、でも相手の身になって考えたことがあるんだろうか?
そういう市民の意識改革。外国人とすれ違ったらにっこり笑って(これ日本人は苦手でしょw)ハローだけでいいですよ。ホテルのフロントやレストランのウェイターだけじゃなく、街行く人とのそんなやり取りだけで、結構いい街じゃんって思ってもらえると思うんですよ。
でもそれに気づいてない。簡単なことなのに難しい。
(これで提案一個ね)

次に、多文化共生、国際化というと英語だと思っちゃう問題。
日本以外の国の人はみんな英語ぺらぺらだと思ってるでしょ?w
違います。
むしろ少ないです。エリートはみんな英語できますけど、それってどの国も一握りの人だけです。私たちのような人間にとっては英語が一番便利ですが、一生この街で過ごす大多数の人にとっての国際化とか何か?
市役所で統計だしてんじゃん。出身国別の外国人数。
ベトナム人が圧倒的に多いの。(中韓は除く)
日本に来るベトナム人は英語なんかしゃべりません。
なのにです、私たちの街だけでなく、日本でベトナム語を習える場所が少ないんです。おかしくねえ?
(これが2つ目の提案)

市長には50の提案を出しました。(職員に言っても動かないからオレに直接送ってこいっていうから。あんたも何も動かないじゃねーか。)
市役所の国際なんとか課長(2つめの提案)にも、産業なんとか課長(1つめの提案)話しました。市内の日本語学校数校にも持ちかけました。
ぜーんぶ無視。そっか、私の考えってなんかおかしいのね?やっぱ私はこの街では求められてないんだな、と思いました。
(ハブスポについては、どっかの全国展開している旅行会社が1年後に提案したときはちょっと乗り気だったみたい。)
一校を除いて。
「その通りだと思う。ベトナム人学生はたくさんいるし、教える側になるのも経験だからベトナム語講座始めます。」と言ってくれた学校がありました。そして私は言い出しっぺなのでもちろんその講座を受講しました。

その校長先生からさそってもらって外部講師として授業をさせてもらいました。
~~経緯ここまで(相変わらず長い)~~

日本語学校では、
1.私が世界の新しい文化の職場に溶け込んたか。そのコツ
2.日本人が苦手なこと
3.この街の人が好きなこと
を話しました。

日本に来て思ってたより大変だなって思った人って聞いたらまぁまぁな手が挙がりました。
私が日本で感じているつらさを彼らはもっと感じているんだろうなと思いました。私は比較対象として他の国での生活を20年以上しているので、日本の弱点が見えるのだと思います。失敗も一杯してきました。失敗したからわかったことがたくさんあります。

1.まずは情報収集。私が一番溶け込むのが難しいと感じたのは地元でしたw
それでも、私は昼食を職場のおばさんたちと一緒に取りました。本音を聞くためです。私は講義をすることも仕事でしたから、講義の中で抽象的な概念を分かりやすく説明するために、誰がどんなことが好きなのかといった情報が必要でした。音楽を例にしたり、バレーボールを例にしたり、そういうネタ集め。
そのときに心がけたのは「笑顔」です。ただそれだけ。
笑顔が無ければ尋問になってしまいます。
笑顔でぬるっと話すから気さくな会話ができるんです。

次にジェスチャー。
聞いて、来て、切って
これが聞き分けられない外国の人がいると遠くの日本語学校の先生から教えてもらいました。
もう一度言ってもらっても多分わかりません。ゆっくりは話してくれるでしょうけど、どこがわからないかわからないからです。
これにジェスチャーをつけてみたらずっとわかりやすくなる。

溶け込みたい文化の人と同じジェスチャーをすると親しみを感じてもらえる。私は日本ではそれを拒否しているところがあって、態度がでかいと言われることもあります。(堂々としてるって言ってくれ)
教室には、普段は絶対しない、ペコペコしながら入りました。あとで日本字っぽかったでしょ?wって。

2.日本人が苦手なことは、5年前用意した市民の啓蒙活動を裏返しにするだけでした。
笑顔は苦手というのの他に
単一民族国家なので自分の考えと周りの考えは同じ(似通っている)だから自分は世界の中心であるのと一緒。自分と違う考えの人は間違っている。悪だ。(大げさに書くとそういうこと。特に地方。)

多文化共生?知ってるよ。外国人にやさしくするんだよね。違う意見を尊重するんだよね。

日本の教育はこういう「目次」しか問題に出ないでしょ(フツーのガッコの場合)

多文化共生とは何か?
優しく思いやること
尊重すること

これでテストは〇。だからその先は考えもしない。

思いやるって何?
相手の気持ちわかるの?エスパーですか?w
わかんないなら聞く

テストでね、「あなたの身の回りで多文化共生のエピソードはどんなのがありましたか?そのときどう思いましたか?」って問題が出ないんです。
(これからは探求学習としてこういう問題が出るはず)

だって採点がめんどくさいから。客観性がないから。
「公平であること」これがいっちばん大事なんでしょ?
「公正ないんだよね」
そんなの全員〇の捨て問題にしたっていいのに。

自分で考えろっつーの。自分に当てはめなきゃ理解のうちには入らない。

それが顕著なのが、「なんでですか?」「ルールだから」問題。
日本人はルールだからで引き下がる。
いやいや、聞いてるのはなんでそんなルールがあるの?ってこと?

知らない。

同じですよね。

3.まずは、ベトナム人に「ボクフォーが大好きなんです。」インドネシア人に「ナシゴレンおいしーよねー。おととい食べたよ。」って言いました。
例として、外国人が自分の国の何かを好きと言うだけで、「ボクのことをちょっと好きになったでしょ?まぁカッコいいし当然だけどw」

この街にはキラーコンテンツがあります。
地元のカルタなんだけどね。いいから騙されたと思ってバイト先で言ってみてください。絶対受けるから。マジで。
来週の授業までに試して結果を教えてください。
もし怒られたら私が謝りに行きます。

日本語学校でカルタの話をしたことをラジオに投稿したら紹介されました。
火曜日はカルタの日だから。カルタの解説をしてくれるんですね。

で、カルタが外国人にも紹介されてます。(ここまで私の投稿)
でも私たちって札は知ってるけど中身を知らないですよね。
(という理由でカルタの解説を毎週火曜日にやってる)
とDJが続けた。

ほら、ルールだからと全く同じ構図w

生徒さんからの反応はとてもよかったです。
日本での生活が楽になる気がすると。
もううれしくてうれしくて、泣きながら読みました。

そして夜は日本人中学生の塾。
相変わらず反応はすっごく薄い。

そういうとこだよ、外国人が戸惑うのは。
笑えよ。


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