羅生門
街を歩いているとき、右斜め後ろの方から「メキシカン豚骨」と聞こえた気がして振り向くと、にっこり笑った老婆がいた。
老婆は間違いなく僕に語りかけていた。
こんな雑踏の中で、僕だけに、笑顔で。
メキシカン豚骨…?
恐らく奇を衒ったラーメンの新味か何かだろう。
その老婆は、もう一度僕の目をしっかりと見ながら笑顔で「メキシカン豚骨スープ」と言った。
声は震えていた。
恐怖の声色だ。
老婆は何かに怯えている。
もしかして誰かに脅されてこのようなことをしているのではないか。
そんなことを考え出した20秒後くらいに、自分はノイズキャンセリング機能のついたヘッドフォンをしていることに気がついた。
老婆は脳内に語りかけているのか。
それとも老婆は一言も発しておらず、自分の頭の中に流れた幻聴なのか。
僕はヘッドフォンから流れていた「恐怖のメキシカン豚骨スープのテーマ」を停止し、その老婆をビンタした。
老婆は思わず倒れ、ついに動くことはなかった。
今朝のめざまし占いを思い出す。
「3位はさそり座のあなた、まだ誰も気づいていないあるあるを11個思いついて17個忘れるでしょう。ラッキーアイテムは関根勤が書かれたお弁当箱。」
老婆が持っていた紫スパンコールのトートバッグを漁る。
関根ランチボックスを探す。
トートバッグには宗教のチラシと、ピザーラのメニュー表(カレーモントレーのところには二重丸とともに「これ絶対買い!!!」と稚拙な字で書かれている)しか入っていなかった。
バッグを漁っているうちに老婆は目を覚まし、「ミスったわ」と一言つぶやいて路地裏に消えていった。
僕は置いて行かれた紫スパトートと大量のチラシを近くの川に放ったあと、スポッチャに一人で行った。
バドミントンが楽しかった。
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