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塩鮭よ鮮魚売り場は切り身だけ
季語:塩鮭(三冬)
しおじゃけよせんぎょうりばはきりみだけ
荒巻鮭とは・・・
母が荒巻鮭が欲しいと言い出した。それも1本まるごと。
荒巻鮭とは、鮭の内臓を取り出して塩を詰め、20日ほど熟成させて作る北海道の名産品である。塩分過多を気にする消費者が増えたせいか、近年は甘塩仕立てで、それほど塩辛くなくなっているようだ。
わたしも聞いただけの知識しかないが、以前はみりんや酢につけ、塩抜きをして調理するものだったらしい。
塩抜きの前には、大きな鮭を3枚に卸す作業もある。そのため近年では貰っても困る、高級贈答品になっていたようだ。
母が40代の頃は、近所に北海道出身の方がおり、その伝手で荒巻鮭を父方の実家、自分の実家、そして自家用と3本も購入していたそうだ。お歳暮として持参して、自ら捌き鮭料理を振る舞っていたらしい。
30年か40年か、かなり前の話である。それを今年急にやりたくなったのだ。
孫や子供をもてなしたいという母の心情
5月に25年住んだ家から父の実家に転居した。以前から母は体調が思わしくなかったが、ムリな転居が身体に追い打ちをかけたようだ。一時期は相当危険な状態だったが、転院し10日ほどの入院療養が功を奏したようで、少し体力も戻ってきている。
そこでコロナ禍の影響もあり、今年ほとんど会えなかった孫たちを正月にもてなしたいという気持ちがわいた。過去に自分が一番頑張れていた頃の荒巻鮭の料理をご馳走したいと思ったようだ。
母は父に荒巻鮭の入手を頼んだ。が、父はこれまで食材の買い物など、ほとんどしたことがない。しかも、スーパーの鮮魚コーナーはサンマくらいは1匹まるまる売っているが、鮭やブリなど大きなサイズの魚は、全て切り身で売られている。
ということで、父は荒巻鮭探しを早々に諦め、わたしが母の要望を聞くことになった。わたしはとりあえずGoogle先生に尋ねてみた。そこでわかったことは、
・荒巻鮭はお歳暮などの贈答品が中心(5,000〜20,000円近いものまであった)
・1.5kgや2kgもある魚を3枚に卸したり、塩抜きをしたりという手間は嫌われる、もしくはできないという方が少なくないということ。
・従って、塩抜きした切り身を元の形に並べ直した「姿造り」の冷凍品がメイン商材である。
という事実であった。
失われつつある伝統の荒巻鮭料理
調べたことをスマホの販売サイトをいくつか見せながら、母に伝えた。印象では90%が切り身販売だった(姿造り含む)。母の望むような1本売りもあることはあるが、今の体力で2kgもするような鮭を捌けるかどうか、というところを考えてもらった。
捌くところから始めるから、好みのサイズに切り分けられる。自分で塩抜きをするから、好みの塩加減に調整できる。切り身の姿造りも味で劣るものではないが、料理の自由度は大きく制限される。
どんな料理を母が思い描いていたのかはわからない。が、1本売りが希少で選ぶ余地が少ないこと、そして何よりも捌けるかどうか自信が持てないと母は理解して、今回は見送るという決断をした。自分を納得させながら、役に立てないふがいなさに涙を浮かべながら、しょうがないと言ってくれた。
もっとしっかり母の料理を受け継げておけば、と後悔せずにいられない。わたしは利き腕が思うように動かないという、障害というほどでもない障害がある。なので、捌き方を教わっていてもさすがに鮭は捌けなかったと思う。
でも、塩抜きのコツなどの地味な仕事が、料理の出来栄えやバリエーションを左右する。昔ながらのやり方でないと美味しくできない鮭料理を、知ることができたかもしれない。
母の願いを叶えられなかったこと、伝統的な荒巻鮭の食べ方を会得する機会を逃してしまったこと。やるせない気持ちでいっぱいだ。
ひとかけらでご飯1膳食べられるような辛い塩鮭を、ほぐしてお茶漬けにするのが好きだったことを思い出した。昨今はそんな辛い塩じゃけは売っていないのだろう。
家庭にも職場にも便利な道具がどんどん増えているのに、荒巻鮭と格闘するような時間も確保できない。便利さの影で何かを犠牲にし続けている、ふとそんな気がした。
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