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昔は人気者だったという思いがある人へ
上手く行っていた過去があるけど、その後引っ込み思案になる
小学校の時は、クラスの人気者で明るい性格だったけど中学生になって大人しい性格になってしまったという人って結構いるんじゃないかと思っています。僕の友人にも小学生までは友だちも多かったけど、中学に入ったらなぜだか引っ込み思案になっていって、高校でもその引っ込み思案を引き継いでしまったと話している人が2人いました。
他にも、中学生の時はクラスではしゃいでお調子者だったけど、中学3年生の時期に二人の友人から「お前うざいよ」みたいなことを言われて、それが心に引っかかり高校に入ってからは積極的な人間関係を築けず、大学でも大学院でもその後の就職先でも人の顔色を伺う日々を悩んでいるという同僚もいました。
そういったことがどうして起きるのかというのは、小学校から中学校に進学するときや、中学から高校に入って雰囲気が変わってしまい、うまく自分が出せなかったという原因もあるかと思いますが、ある仮説を思いつきました。
1 明るい性格だったり人気者である時期があるのは運があっただけ
友人たちの中である時期までは、「人気者だったのに」「明るかったのに」「お調子者で毎日楽しかったのに」「高校入ってから性格が暗くなった」ということを言う人が少なくありません。
しかし、はっきり言ってクラスの人気者になるとか明るい性格になるというのは結局のところ、自尊心と運ではないかと思います。
実は僕は彼らとは逆に小学校も中学校も明るいとか人気者といった感じはなかったのですが、高校時代「人気者風」であったのです。この人気者というのは本当に周りが決めます。狙って人気者になろうとして、試行錯誤するような場合以外は本当に運で決まるのではないかと思っています。
なぜなら進学校の高校に入ったにも関わらず、入学早々不貞腐れて教科書も持っていかなったような生徒だったからです。同級生に話しかけられても無視。時々「別に」と答える程度。何度か同級生に襟グラを掴まれたこともありました。そうされてもただ「うるせえな」と言うだけ。
高校を3日くらいサボった後、自分の机には花瓶の花が飾られていました。「お、いじめかな?ドラマみてえだな」と少しワクワクしたのを覚えています。それくらい舐め腐っていました。
入学して2か月くらいして、不貞腐れているのもしんどくなってきたので、誰かと会話したいと思いまして、適当に選んだ選択授業の「美術」の時間に優しそうなメガネの男子に話しかけることにしました。久々に学校で人と話したもんだから楽しくて、美術の授業そっちのけで喋っていたことを覚えています。その彼には「オレと喋ったことは内緒にしてね」と伝えたのですが、彼は実はクラスでも友だちが多い人だったらしく、大きな声で「おい、みんな!ひー君と喋ったぞ!」と叫びだしました。
それ以来、話しかけんなオーラ出していた自分の牙城も崩れて色んなクラスメイトが話しかけてくるようになりました。
その後も、大凡理解されないような行動を取っていたのですが、なぜだか他のクラスの生徒も話しかけてくるようになりました。
当時僕は「ここの高校の人たちは本当に良い人たちばかりだな〜」という感想でしたが、高校を卒業した後に周りの友人に聞いたところ「ひー君は人気者ですげえと思ってた」「周りの空気とか読まずに自由に行動できる雰囲気とか只者ではないように感じていた」「羨ましかった」などと言われて驚いたのを覚えています(確かに女子には少し人気がありましたが他の男子からそのように思われているとは思っていませんでした。皆良い人だなあと本気で思っていたし、周りにもそのように言っていたことを覚えています。)
逆に僕の大学時代は、割と嫌われていたような学生生活でした。実際は高校時代と変わらず、自由気ままに振る舞っていたのですが、ある女子が僕を嫌って以来、その周りが連鎖的に嫌っていきました。その後大学の後輩が入ってきて最初は「先輩だ、仲良くしとこう」という態度を取るにも関わらず、数日後挨拶しても無視をしてくるといったヤツが数人いたのです。
「これは誰かオレのことを嫌いなやつがオレのことを悪く言って、近づかないほうが良いよって言ったのだな」とすぐに勘付きました。
案の定それを言っていた一人は仲の良い後輩が密告してくれてすぐに判明したので、「そういうこと言うの辞めてもらえる?」と何度も脅しに行きました。でも、結局自分は人気者になることはなく、大学の人と仲良くなると「え、ひーさんて話しやすくていい人なんだね。噂と全然違う」と卒業間際に言われるとかそんな始末でした。
高校時代も大学時代も僕のスタンスはそれほど変わってはいないと思うのです。大学時代は嫌われることが嫌で、あまり仲の良い友達がいないことや嫌われていることを辛く感じていました。そして、優しくなったように思います。でも、結果としては散々です。深く知ると良くしてくれる人もいましたが。
結論から言うと、高校時代自分が周りによくしてもらえたと感じたのは運です。大学時代嫌われていたのも運だと思います。良くも悪くも僕は目立っていました。周りの人が良いとか悪いとかというより、なんだか嫌われる流れに乗ったか、好かれる流れに乗ったかそれだけのことです。この運に乗るのも、一つ手法があるとは思いますが、小中高レベルでそのような高度なことが出来る人は多くありません。
2 明るかった時期や人気がある時期も実は自信がそれほどなかったのではないか
僕のことを振り返ると、大学時代は高校時代よりも自尊心が非常に低下していたことも好かれる流れと嫌われる流れを作り出した要因ではないかと思われます。特に、人に拒絶されることに対する反応度が高いと人間関係のトラブルを解決しづらいという心理学の論文があるようです。つまり、人に嫌われたときに特に何も思わない人はそれを悪化させないで済むということです。実際、高校入学当初は嫌われても何も気にしていませんでした。むしろ最初は嫌われようとしていたので、嫌われることが普通。それに無根拠な自信があり、人と関わらないことで自身のメッキが剥がれるようなこともないような状況でありました。ある日、僕は隣のクラスの親玉のようなギャル女子から指をさされて「キメエ」と言われていますが、それを面白く感じた僕はその女子に毎日「おはよう。なんできめえって言うの?」と聞いていました。そのうちに、その女子は僕を見ると逃げるようになりました。こういった行動が「きめえ」と僕を指差して嫌われる流れが作られそうなときに歯止めをかけたのではないかとも思われます。
逆に大学時代はある女の子に嫌われた時落ち込んでいました。拒絶されることに対する反応度が高くなっていたのではないかと思うのです。それで周りにどうやって話しかけたら良いかわからなくなり、戸惑っていました。戸惑っていることにより、嫌われる流れに歯止めをかけられなかったのではないかと思うのです。
3 結論
明るい性格になったり、暗い性格になったりするのはほとんど運と、自分に対する自信の問題であると思われます。
まあ、かなり中途半端な分析でしたが、次回は毒親との影響による自尊心の低下や自己否定思考などにより、性格が変わってしまうということもあるのではないかと思うので、まとめたいと思います。また、何か今からできる対策はないか考えてみたいと思います。