【第13回(最終回)】人工妊娠中絶の現状から医療者の役割を考える
執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医
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海外では飲み薬で安全に中絶できる
日本では年間約15万件、1日あたり全体で約400人、10代で約30人の女性が中絶をしている。日本では、多くの中絶が手術で行われており、未だに「掻爬法」が行われることがある。掻爬法は、中絶だけでなく、自然流産に対しても行われるため、掻爬法を経験する女性はかなりの数に上る。掻爬法は金属製の細長い器具で子宮内を掻き出すため、まれではあるが、子宮腔内癒着症(アッシャーマン症候群)や子宮穿孔、不妊症を生じる可能性がある。WHOは、「掻爬法は時代遅れの外科的手術であり、いまだに行われているならば真空吸引法または薬剤による中絶に切り替えるべき」と勧告している。WHO はSafe Abortion(安全な中絶・流産)として、経口中絶薬または真空吸引法を推奨している。海外では柔らかいプラスチック製のチューブを用いた手動真空吸引法が1980年代から主流で、経口中絶薬は1988年にフランス・中国で発売され、現在、約80カ国で普及している。日本で手動真空吸引キットは2015年に中絶に対して発売され、2018年に流産に対して保険適用されたが、いまだに掻爬法は行われ続けている。経口中絶薬は、海外より30年以上遅れて2021年に承認申請が行われたため、今後日本でも使用できるようになる可能性があるが、どのような運用や費用になるかはわかっていない。
高額な「掻き出す」中絶は世界のスタンダードではない
「日本は先進国なのになぜ、中絶は健康を守るための権利なのになぜ、女性に懲罰的な掻爬法を罰金みたいな高額でいまだに行うのか? なぜ安全な経口中絶薬を認めないのか?」
これは私が国際会議に参加した際に、海外の参加者から投げかけられた言葉だ。日本の異様な状況を知ったときの、彼らの驚きと憤りをあらわにした表情は忘れられない。WHO は「中絶は女性および医療者をスティグマおよび差別から保護するため、公共サービスまたは公的資金を受けた非営利サービスとして医療保健システムに組み込まなければならない」と提言し、イギリス、オランダ、スウェーデンなどの先進国や多くの開発途上国で中絶は無料で行われている。一方、日本の初期中絶は10~20万円と非常に高額である。
医療者にジャッジする役割はない
FIGO(国際産婦人科連合)は、「中絶後のケアは“nonjudgmental, non-stigmatizing way(ジャッジしない、非難しない方法)”で提供されるべき」と提言している。中絶に至る背景はさまざまであり、決して他人が「安易だ」と決めつけることはできない。表面的な理由や態度でその人のことをジャッジすることはできない。そもそも医療者には、自分の価値観を患者に押しつけたり、叱責したり、ジャッジする役割はない。当然ながら医療は罰ではない。私たち医療者の役割は、身体的・精神的・社会的な健康を守るため、世界標準の安全な医療を提供することだ。
「おめでとう」と祝福される出産がある一方で、たった一人でトイレの中で出産する人もいる。中絶した自分には幸せになる権利がないと思い込んでしまう人もいる。どんなに苦しかっただろうか、どんなに孤独だっただろうか、はかりしれない。女性自身が、産む選択も産まない選択も、安全な複数の選択肢から選択できて、その選択は尊重されるものでなければならない。
性と生殖に関する健康と権利(SRHR)を尊重する医療と性教育を
私が性教育講演会の最後に伝えているのは「1回きり」という言葉だ。「人生1回きり。たとえ失敗しても傷つけられても、1回きりの1日が巡ってくるから、どこからでもやり直せるはず」。失敗させない教育も大切だが、失敗やつまづきがあったときに「大丈夫だよ」「こんな選択肢もあるよ」といえることは、もっと大切だ。多様な選択肢を増やし、自分の体を自分で決められる、「性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ;SRHR)」が尊重される社会の実現を目指したい。
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※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。
★2023年8月号 特集:川崎病の子どもと家族への看護ケア
★2023年7月号 特集:子どもの居場所2023;広がる小児看護の未来
★2023年6月号 特集:小児プライマリケア領域で求められる看護の専門性
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