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【第9回】どうなってるの?世界から遅れる日本の避妊法

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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「ちゃんと避妊しなさい」の“ちゃんと”って?

 「ちゃんと避妊しなさい」と言われたら何を思い浮かべるだろうか? おそらく多くの方の頭に浮かんだのは男性用コンドームではないだろうか。日本の避妊法は、コンドーム82.0%、 腟外射精19.5%、低用量ピル4.2%、子宮内避妊具0.4%であるという調査がある 1)。確かにコンドームはコンビニでも手に入れられる身近な存在であり、正しく装着することで避妊以外に性感染症予防という重要な効果を発揮する。しかし、避妊法としては効果が高いほうではなく、一般的な使用法による1年間の妊娠率は13%といわれている 2)。
 ちなみに、陰茎を腟の外に出して射精する“腟外射精”は妊娠率の高さから避妊法として捉えないほうがよいといわれている。しかしこれが日本の避妊法の第2位に挙がる。「ちゃんと避妊しなさい」というのは「腟外射精じゃなくてコンドームを使いなさい」という意味に捉えられかねない日本の避妊の現状はあまりにも脆弱だ。

日本人が知らない世界の多様な避妊法

 日本で「避妊具」の代名詞であるコンドームは、海外では主に性感染症予防目的で使用され、避妊法は別のものを併用し、二重に防御する “Dual protection” がスタンダードといわれている。なぜなら海外では、コンドームよりも効果が高く、女性主体で選択できる避妊法が数多く存在するからだ。コンドームが主流の日本とは違って、避妊は「男性にしてもらう」ものではなく、「女性が自立して選択できるもの」といえる。
 海外には、避妊インプラント、避妊注射、避妊パッチ、避妊腟リングなど、日本では認可されていない多様な選択肢がある。これらの多くは、WHO の必須医薬品(人口の大部分におけるヘルスケア上のニーズを満たすものであり、個人が入手しうる価格であるべきもの)に指定されている 3)。基本的に安価で入手しやすいシステムが整備されており、例えば、薬局で購入できたり、看護師が対応したり、ユースクリニックなどで若者に無料で提供する国もある。米国産婦人科学会は、2019年に避妊に関する声明を改め、「全ての避妊薬を市販薬として処方せんなしで販売すべき」「女性が避妊薬にアクセスするのを阻む障壁を取り除くべき」「避妊薬は健康保険でカバーすべき」と強調している。
 多様な避妊法のなかでいま、世界で推奨されているのは、長期型可逆的避妊法(long-acting reversible contraception;LARC)だ。避妊インプラントと子宮内避妊具がこれに該当する。経口避妊薬のように飲み忘れがなく補充の必要もないので、特にコロナ禍においてLARC を不可欠なサービスとして提供するよう国際産婦人科連合から声明が発表されている 4)。
 避妊インプラントとは、黄体ホルモンを放出するプラスチック製のマッチ棒のような形の器具を上腕の皮下に埋め込むもので、3〜5年ほど効果が続く。避妊インプラントの価格は約18ドルであり、発展途上国では約8.5ドルに下げて提供する大々的なキャンペーンが行われていたが、日本では認可されていない。子宮内避妊具については、海外には日本よりサイズが小さく経腟分娩歴がない女性にも挿入しやすいものがある。

日本の特殊な低用量ピル事情

 日本で経口避妊薬(低用量ピル)と子宮内避妊具は、なぜ普及していないのだろうか?
 1955年、世界で初めて経口避妊薬の研究班が日本に発足した。海外では1970年代から低用量ピルが普及したが、日本で承認されたのは、国連加盟国のなかで最も遅い1999年である。実に承認まで44年という歳月を要した。その背景には、「ピルを認可すると女性の性が乱れる」「エイズが増える」などの意見があったという(ちなみにバイアグラは申請からわずか半年で認可されている)。
 低用量ピルの認可から約20年、それでも普及していない理由は多岐にわたるが、産婦人科などを受診しなければならないアクセスの問題と費用の問題が挙げられる。経口避妊薬(oral contraceptives;OC)は、保険適用はなく自由診療で、薬代は1シート(約1カ月分)約2,000~3,000円だ。低用量ピルには月経困難症や過多月経を改善する副効用があり、2008年には「低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(low dose estrogen progestin;LEP)」として保険適用になった。現在は後発薬もあり、3割負担で薬代は1シート約600〜2,500円だ。
 LEP にも基本的には避妊効果があるにもかかわらず添付文書に「避妊目的で使用しないこと」と記載された。これはユーザーにとって非常にわかりづらく、医療機関において適切な説明が行われないケースもあり、「月経困難症の治療にLEP を飲み、避妊目的にOC を飲む」という誤った使用をしてしまう人もいた。「低用量ピルは避妊だけでなく月経症状の緩和や子宮内膜症の予防にもなる」という啓発はよいが、そもそも避妊薬であることが隠されてしまうような、OC とLEP という区別は日本独特だ。海外では、基本的に全てOC であり、さらに血栓症リスクのほぼない黄体ホルモン単剤のミニピル(progestogen only pill;POP)があるが、日本では避妊目的としては認可されていない。
 子宮内避妊具(intrauterine device;IUD)は日本で1970年代に認可され、2014年には子宮内避妊システム(intrauterine system;IUS)が月経困難症などに対して保険適用になり、挿入時の自己負担は3割負担なら約1万円になったが、避妊目的では自由診療のため約5〜8万円を要する。
 このように日本では、歴史的背景、アクセス、費用、避妊目的と治療目的の区別など、さまざまな問題が絡み合い、女性主体の避妊法が普及していない現状がある。

避妊の当事者は誰だ?

 女性の体に起こる妊娠を女性自身がコントロールできること、つまり、効果的な避妊法を女性主体に選択できることは重要だ。男性用コンドーム主体の日本の現状を憂い「妊娠する側の女性がもっとしっかりすべき! 低用量ピルでちゃんと避妊しなさい!」という専門家の声を聞いたことがあるが、ここで「避妊の当事者は誰なのか?」ということを考えたい。
 そもそもセックスは対等なコミュニケーションのもとに行うものであって、妊娠しうる男女がセックスする場合、避妊に関する知識は対等に持ったうえで、お互いにとってよりよい避妊法を選択したい。避妊のデバイスが男女どちらかにあるか(両方にあるか)という違いであって、どちらか一方がしっかりするべきだ、という問題ではないだろう。国際的な性教育の指針である国際セクシュアリティ教育ガイダンスにおいて、「避妊法の利用の決定には、性的パートナーの両方に責任がある」ということは、9~12歳の学習目標にあげられているのだ。専門家の役割は、個人を叱責することではなく、より安全で満足できるセックスをするために、世界標準の避妊法を誰もが選べる社会のシステムに変えていくことだ。

【文献】
1) 北村邦夫:第8回 男女の生活と意識に関する調査報告書 2016年;日本人の性意識・性行動,日本家族計画協会,東京,2017.
2) Centers for Disease Control and Prevention:Reproductive Health Contraception.
3) World Health Organization:WHO Model Lists of Essential Medicines.
4) International Federation of Gynecology and Obstetrics:SRH in humanitarian settings during COVID-19.

【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)発売中。

※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

★2022年11月号 特集:子どもの緩和ケア;どこにいてもどんなときも子どもらしい生活を支えるために
2022年10月号 特集:麻酔下で手術や検査・処置を受ける子どもの看護;部署や職種を越えた切れ目のないケア
2022年9月号 特集:18トリソミーの子どもと家族の「生きる」をチームで支える

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