
カレン・ザ・トランスポーター #4
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ガルム峡谷を望む要塞都市ティランタ。
20mを超える城壁の内部では荷馬車が行き交い、客引きの声が絶え間なく飛び、商店の軒先には新鮮な果実や魚肉が並ぶ。
そんな中、私は旅馬車の発着場で頭を抱えて小さく唸り声を上げていた。
いや、小さくはなかったかもしれない。
「ティランタ名物木彫りコボルド」の札を掲げた子供が私のところには近づいてこないからだ。
私がいま大事に抱えている高級トランクには運び屋斡旋所公認の荷札が付いていない。
つまり、向かいの席に居たあのシルクハット紳士のものだということだ。
心当たりはあった。
前日の未明、野良モスマンに馬車が襲われ横転したときだ。
お互いのトランクが入れ替わったとすればあのとき以外考えられない。
(夜目が利くとはいえ、昼間のように見えるわけではないのよカレン…)
言われたことも無い言葉を何故か脳内の母が語りかけてくる。
母の真後ろでは父が爆笑している。殴りたい。
取り違えに気がついたのは発着場だったが、すでに紳士の姿はどこにもなかった。
・・・だがまあ、希望はある。
あの紳士が取り違いに気づいたならば、必ずこの発着場に戻ってくるはず。そう信じて待ち続け既に1時間が経った。
木彫りコボルドの少年は未だこちらに近づいてこない。
いや待てよ。
取り違えに気付くということはだ、トランクの中身を開けているということではないのか?
何も知らない紳士のおっさんにとっては、あの高級下着の数々は私のものだと判断するに十分な状況だ。
ここにきて、不自然さを隠すためにわざわざ誂えた結構なブランド物のワンピースが私を苦しめようとは...!!
[ あれは誘拐された王女様用のもので、私のものではない ]
わかってはいる。わかってはいるが、あのおっさんがトランクを開けたところを想像するだけで耳の先まで真っ赤になる。
唸り声くらい上げたってしょうがないではないか。
・・・そういえば、このトランクの中身は何なのだろう。
少し罪悪感が湧いたが、それもすぐに消えた。
衛視の詰め所で落とした財布を受け取るときだって「中身は何だったか」と聞かれるではないか。
相互確認だ、そう、相互確認。
謎の理屈で自身を納得させトランクに手をかける。
中身は一般的な旅支度の品々で、身に着けていたのか幸い貴重品らしきものはない。が、目に留まるものがあった。
一冊のカタログだ。
表紙には大きく「貴女のプリンスをオトすショーツの選び方100」「これでこの夏の蒸れ対策は万全!」とある。
「えっ・・・・」
私は言葉を失う。
パラパラとページをめくる。
何点かの項目に二重丸◎や三角△などの印が赤インクでつけられ「これはいつも履いているもの」とか「夏に履きたいもの」とか「履き心地最高」とか注釈が書かれている。
(・・・あのおっさんは此処には戻ってこない)
即断した私は発着場のトイレに駆け込む。
ワンピースを脱ぎ捨ていつものレンジャー服に着替える。
シューズの紐をしっかりと絞めて外に戻ると、直ぐに木彫りコボルド少年の肩をわしっと掴み、コインを握らせてこう聞いた。
「シルクハット被ったおっちゃん、どっち行ったか教えて!」
【つづく】