『無機物マン』#4
突如出現した謎の無機物マンに世間は騒然となった。
本当に「彼ら」の魂が憑依しているのか。
だとすればどうやって。
そもそも目的は何なのか。
何も分からないままだった。
ひとつハッキリしていることは、ファンが乱入者を歓迎していることだ。
当然現役正規の無機物マンとしては面白くない。
【俺が奴らの化けの皮をひん剥いてやる】
そう考える選手が現れたとしても何の不思議もない。
それはこの日のメインイベント終了後に早速証明された。
テーマ曲が流れ紙吹雪が舞うリング上。
コンパス人間の蹴りが手鏡人間の顔面をブチ砕いてのKO決着。
申し分のない興行の〆であった。今までどおりならば。
観客のほとんどが席を立とうとしない。
そう、彼らは期待しているのだ、乱入者を。
そんな中、コンパス人間がマイクを取った。
「おい!今日も誰か居るんだろう?出てこいや!相手になってやる!」
客席は大歓声。
本部席の協会長は苦い顔だ。顎がちょっと長い。
「ヌンチャク野郎でも葉巻野郎でもいいぞ、蹴り倒してやる!」
アピールが止まらない。
コンパス人間は韓国人のテコンドー銅メダリスト。
金が確実視された大会でまさかの準決勝敗退。
国内の怒りを買い、徴兵も免除されず、その期間中に
世界からは格闘技そのものが駆逐された。
怒りを顕にしたファイトスタイルは実力も相俟って高い人気を博している。
「おい、誰でもいいぞ、早くs…」 アピールの途中で口元を緩める。
客席からこの日一番の歓声が巻き起こる。
花道に見知らぬ無機物人間が姿を現したからだ。
マッチ箱めいた直方体をした真っ白な紙粘土に黒人の手足が生えている。
そのコントラストだけでも異様ではあったが、更に注目すべきはその両手。
真っ赤なボクシンググローブだ。
花道周辺に配置された警備員や無機物マンたちは既に全員ノックアウトされていた。
謎の紙粘土人間は小刻みに体を揺らしながらリングに近づいてゆく。
本部席の協会長を一瞥すると、心なしかフットワークが軽くなったように見えた。
コンパス人間は手の平を上に向け、揃えた指を曲げる。
「上がって来い」
紙粘土人間は変わらず軽快な足取りでリング上へ。
再び本部席の方を向く。
協会長ではない、リングアナウンサーだ。
”ゴングを鳴らせ”
無言の圧力。
観客は総立ち。もう収まりそうにない。
リングアナは真横の協会長を見やる。
黙って頷く協会長。
カーーーーーンッ!!!
ゴングが鳴らされた。
観客の雄たけびが会場を揺らす。
レフェリーも慌ててリングへ。
「ハッ!」
コンパス人間の鋭いローキック。
紙粘土人間は軽く膝を曲げこれをブロックするもややよろめく。
”元”がプロボクサーならば対応しきれまい。
脚部はコンパス化しているゆえ、しなりこそ利かぬが、
そこはコンパス故の回転力。何せ今の彼は腰が360度回転するのだ。
これがテコンドー使いにとって有利に働かぬわけがない。
2発目のローキック。
今度は紙粘土人間もフットワークを活かしバックステップ。これを避ける。
だが、コンパス人間はキックの勢いを殺さぬまま、蹴り足を今度は軸にして
上体を横に倒し、もう一方の脚での逆回し蹴りを狙う!
紙粘土人間は軽く身を屈めこれもダッキング回避するが
逆回し蹴りの脚を再び軸足に戻しての追撃が迫る!
まるで宙に円を描くような美しく激しいコンビネーションだ!
2発目の逆回し蹴りはスウェーイング回避!
まだコンパスの動きは止まらない!
鋭い前蹴り!粘土真横にステップしさらに回避!
一旦両者距離を取る。
凄まじい攻防にざわめきの後大きな拍手。
(Float like a butterfly, )
誰にも聞こえないように小さく呟く紙粘土人間。
今度は紙粘土人間が仕掛ける。
左のフック。やや大振りか。
ガラ空きになったボディにコンパス人間のミドルキックが飛ぶ。
カウンターが決まった、と一瞬誰もが思った。
しかし、紙粘土人間の左腕は敵の右脚をしっかりと抱え込んでいた。
コンパス人間の表情に驚愕の色。
「ボクサーだからこんな真似するわけないとでも思ったか?」
紙粘土人間が不敵に笑う。
「Sting like a bee.」
痛烈な右ボディブローがコンパス人間のレバーを直撃し、その体がくの字に折れ曲がる!
「カハッ!」
呼吸ができない。
よろよろとニュートラルコーナーに背を預ける。
視線がゆっくりと低くなっていく。
彼が最後に見たのは、両手を交差するレフェリーの姿だった。
――――数日後。無機物バトル協会本部協会長室。
「もちろん。ファイトマネーは十分な額を用意する。オーケー。じゃあ契約成立ってわけだ。」
「何か他に彼に伝えることは?」
「アイツは強ぇぞ。俺は直にやり合ったからな。間違っても耳なんか噛んでくれるなよ」
【続く】
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