グラディエーター ~戦国群雄伝~
日本国内。その所在地どころか所在そのものすらも極秘とされている円形闘技場『殺死愛夢(コロシアム)』。
その地下。薄暗い6畳ほどの小部屋、闘士控室。
一人の男が粗末な石のベンチに腰掛けたまま、じっと己の拳を見つめている。
年齢は30歳前後。よく鍛え上げられた肉体に比べ頭髪が非常に貧相ではあるが、逆にそれが精悍さを醸し出しているともいえた。
タンクトップにオレンジ色のショートスパッツ。
臀部には彼のキャッチフレーズである『something must be done!!』の文字がプリントされている。
コン、コンとノックの音。
宮崎は顔を上げドアの方に振りかえる。
返事はしない。
ノックの主が用件を告げに来ただけと知っているからだ。
「宮崎選手、時間です」
おもむろに立ち上がり、もう一度拳を見つめる。
宮崎。この殺死愛夢で(コロシアム)で一獲千金を夢見るプロのファイターだ。
冷たい石段を登り切ると、左右に直立する係員がやや大げさだが厳かな仕草で重い扉を開け放つ。
宮崎を出迎えたのはまばゆいばかりの陽の光。
そして......
「ウオオオオオーーーーッッ!!!」
「宮崎ーーーーーーィーーーーッ!! 頼んだぞォー!!」
「キャーミヤさぁぁぁぁぁぁんこっち向いてぇぇ!!」
収容人数200万人を誇るこの超巨大円形闘技場を埋め尽くした人々の歓声であった。
本部席のバトルアナウンサーが高らかにコールする。
「西の方角ッ! 180㎝78㎏、宮崎ィィィィィィィィ!!!」
「「「ウオーーーーーーーーーッッッ!!!!!」」」
客席のあちこちから宮崎のイメージカラーであるオレンジの紙テープが投げ入れられ、アリーナの周囲に1m間隔で配置された資本ドレイたちがそれを素早い動きで片付けていく。
「続きまして東の方角ッ!」
アナウンサーの声に観客席がまた沸き上がる。
客席のあちこちで小さな爆弾が爆発しているのではないかと思うぐらいの熱狂ぶり。これが殺死愛夢(コロシアム)のバトルだ。
200万人も収容できるが、その存在はもちろん国民は知る由もない。
......ということにはなっている。
「209cm233㎏、香川ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
コールとともに扉の向こう側から姿を現したのは、真っ白なアマレス用タイツに身を包んだ超巨漢である。
タイツの色よりも白い、水死体のような肌の白さ。
頭髪を含めた体毛を全て剃り上げた異様な風体はまさにモンスターと呼ぶに相応しい。
両手に携える得物は、その異常な───通常の2倍はあるだろう太さの革鞭である。
これもコスチュームと同じく真っ白であるが、ところどころに残る赤茶色の染みがその破壊力を物語っている。
────かつてない死闘になるだろう。
宮崎は左足を後ろに引きアップライトに構える。
相手はあの巨体だ。スピードで攪乱するのが得策だろう。
右のジャブで牽制しつつスタミナ切れを誘発させ、隙をついての左ストレートで仕留める。
遠距離は鞭の間合いだ。まずは距離を詰めてインファイトへ────。
軽快なフットワークで踏み出した宮崎。
しかしその眼前で感じたのは、身も凍るような殺気。
本能的にダッキング。
頭上、さきほどまで宮崎の喉元があった高さを、純白の軌跡が貫いていく。
バカな。あれが鞭だというのか。まるで槍だ。
「サヌサヌサヌサヌサヌ......悪運の強いやつサヌ......」
香川が巨体を揺らして嗤う。
再びの鞭襲来!
宮崎はステップ回避!
回避した地点を予測したかのようにもう1本の鞭が伸びる!
しかし宮崎、こちらもそれは想定通りと言わんばかりに真下を潜り抜け、ついに香川の懐へと潜り込む!
ガラ空きの脇腹へ痛烈な左フック!
しかし手ごたえ無し!
ブ厚い脂肪に阻まれダメージを与えるに至らず!なんたる弾力か!
「サヌサヌサヌ......!!おれを倒せるのはKINGの拳、すなわち南斗聖拳だけだ」
香川がまた嗤う!
しかし!
「ほう、それは良いことを聞いた」
宮崎もまた嗤ったのである!
「何......!?」
香川の顔に初めて動揺が浮かぶ!
「南斗すなわち南都。この宮崎の真の拳を知るがいい」
宮崎の両拳がオレンジ色に発光!
「いかに敵が強かろうとも、宮崎は......宮崎は......」
光は楕円を形どりグローブめいて拳の周囲を覆う!
「something must be done.(どげんかせんといかん)」
そのまま左右のストレート連打を香川の腹部に叩きこむ!
「サヌサヌ......効かぬと言って......何ィ!?」
香川ふたたびの動揺!
目にもとまらぬマッハのマンゴー連打により脂肪の壁が押しのけられ、衝撃が内蔵へと響く!
「マルガメーーーッ!!!」
香川はあまりの苦痛に悲鳴を上げる!
しかもこれはただの拳ではない、マンゴー拳である!
一発ごとに血中糖度が上昇するのは自明の理!
「カマッ......!!ユデデデデデデデデデッ!!!!」
血圧も88から880へと急上昇!白目を剥き失神!
大きな地響きと共にアリーナへ倒れ伏す香川の巨体!
ジャーンジャーンジャーン!
銅鑼が鳴らされ死闘の終わりを告げ、バトルアナウンサーが叫ぶ。
「決着ーーーーーーッ!!! 勝者宮崎ーーーーッ!!」
「ウオオオオオオーーーーッ!!」
「九州の星だ」
「やったぜ倍率3倍だ!これで次の賭け券が買える!」
「四国の恥さらしめ」
「徳島の水かえせ」
宮崎への称賛、香川への罵倒、明日への希望、さまざまな感情が声となって、叫びとなってアリーナへと降り注ぐ。
宮崎は観客席の一角、トーナメント表へと視線を移す。
次の対戦相手は岩手。
リアス式ノコギリの使い手で、1回戦では鵜を操る人鳥一体戦法の古豪岐阜を、2回戦では頑なに「俺は愛知ではなく名古屋だ」と言い張る優勝候補の一角愛知をそれぞれバラバラに解体したダークホースだ。
今日よりもさらに過酷ななるだろう。
だが今は勝利の喜びに浸ろう。
宮崎は観客席に向かい高く両腕を突き上げた。
「1時間も必要なかったぜ!!」
宮崎、香川、岩手、岐阜、愛知......彼らはみな戦士である。
他の県全てを打ち倒し頂点に立ち、最強戦士の称号「シュ・ト」をかけたタイトルマッチに勝利することを義務付けられた戦士たちを国民はこう呼んだ。
────『県闘士』と。
【おわり】