イッキューパイセン 台風に備えよう編
昼下がりの商店街。
「明日関東甲信を直撃する台風15号は...」
電機店の店頭に置かれたテレビからは、ひっきりなしに大型台風の情報が流れてくる。
その隣、精肉店でコロッケを20個も買って、その場で熱々を頬張るものあり!
剃髪された頭、黒色の袈裟には金糸で「駅員に怒鳴る奴は雑魚」「ベランダのものは室内に移動しろ」「ホワイトランのヘイムスカー五月蠅い」「敵を知り台風を知れば百戦危うからず」の刺繍!
彼こそは「頓智パンチャー」「地獄を現界せしもの」「勘違い菩薩」などの異名で知られる破戒僧「イッキューパイセン」である!
パイセンが美味そうにコロッケを食べながら帰り道を歩いていると、黄金のリクルートスーツを着た銀髪七三分けに眼鏡の新人サラリーマンめいた男が歩いてくるのが視界に入った。
風体こそまともだが、どこか挙動がおかしい。
ふらふらと足元はおぼつかず、視点も定まっていないようだ。
「ったくフザぁケんじゃねーぞちくしょーめ!!」
明らかに酔っている。
すれ違う人々に絡み、威嚇しながら千鳥足。
やがて酔っ払いサラリーマンは、待ち受けるように通路ど真ん中で仁王立ちしていたパイセンと鉢合わせる!
「なんだハゲこのやろー! 俺のきもちがわかんのかオメーにー」
酒臭い息が鼻をつく。 呼気1リットルにつき5gくらいはアルコールが含まれていそうだ。
だが、口から出る言葉こそきついが、サラリーマンの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
珍しく何かの事情を察したパイセンは、素早くサラリーマンの背後に回り込むと首筋に手刀を一閃、失神させる。
サラリーマンが失神したのを確認したパイセンはもう一度手刀を一閃!
確かに失神していることを確認!
すぐに起きないようにもう一発!周到!
「うーん...」
サラリーマンが目を覚ましたのは公園のベンチであった。
すぐ隣には黒い袈裟をまとった僧侶がコロッケを齧っている。
「起きたか」
僧侶が言った。
「すみません お恥ずかしいところを」
サラリーマンが詫びる。
「ずいぶんと荒れていたようだが、訳を話せ」
「えっ」
僧侶の言葉にサラリーマン動揺。
「話さねば…」
高速で背後に回る。
「はっ...話します話します!話しますから待って!」
「実は...こういうことなんです」
サラリーマンがパイセンに見せたのはスマートフォンの画面。
彼宛の電子メールだ。
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社員各位
明日は台風ですが社会人たるもの遅刻は厳禁です。
台風が来るとわかっているのならそれなりの対応を練り、業務に支障が出ないよう工夫するのがわが社の社員に求められる素質です。
このような一致団結できる機会に和を乱すような行動をする社員はわが社に必要ありませんので、賞与の剥奪などの処分があることは覚悟しておいてください。
たとえどんな困難であれ、事前にわかっていれば準備はできます。
私たちは学生ではなく、立派な大人だからです。
会社近くのホテルに宿泊するなど、いくらでも手段はあります。
ただし家で休息したい方もいるでしょうから強制はしません。
では、明日の始業時間に全員の前で朝の訓示をするのを楽しみにしています。
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ブラック経営者からのブラックメールだ!
まさか実在していたとは!
「同棲してる彼女が今風邪ひいてて、一緒にいてあげたいのに...ううう...」
眉間に皺を寄せながら読んでいたパイセンは、サラリーマンのほうを見ることなく、
「ちょっとこれ少し借りるぞ」
そう言ってスマートフォンを操作する。
「えっ」
訝しんだサラリーマンが画面を覗くと、パイセンはメールに返信を打ち込んでいるではないか!
「あっちょっとそういうの困ります!」
サラリーマンの制止を無視! 高速タイピング! ブラインドタッチ!
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お疲れ様です。
私はこいつのスマートフォンに取りついた仏だ。
5分後に貴公に天罰を加える。
社会人にふさわしい準備をして乗り越えてみるがいい。
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「ちょ...ちょちょとちょっと困りますよ!こんなの!」
サラリーマン狼狽!
「お前は仏だ」
パイセンは相手の両肩をしっかり掴み視線を合わせる!
「俺の目を見ろ お前はスマートフォンに取りついた仏だ 仏になるのだ!」
サラリーマンの目が光り輝き、全身の筋肉がはちきれんばかりに膨れ上がる!
スーツを突き破り筋骨隆々の上半身が露わに!
頭部には宝珠のはめ込まれた冠、背には燃え滾る炎がゆらめく!
右手には独鈷舒! 左手には電動丸ノコギリ!
「雄雄雄雄雄雄雄雄ォォーーーーーーッ!!!仏敵滅ぶべし!」
かつて弱気なサラリーマンだった男はこうしてブラック企業に仏罰を加えるホワイト明王として生まれ変わったのである!
「噴破ーーーーーーーーーーッ!!」
気合とともに明王跳躍!2ブロック先のオフィスビルへ!
「お前はクビd...待て!待ってkグワーーーーーーーーッ......」
パイセンイヤーが僅かに聞こえた悲鳴を捉えると、最後のコロッケを一口で平らげて、パイセンは雑踏の中に消えていった。
こうしてまたひとりの衆生が救われた。
君の前に困難が立ちはだかったとき、きっとパイセンは来てくれるに違いない。
【おわり】