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Huracán(ウラカン)
「おい堅物。ビビってんのか?穴に突っ込むのはお互い大得意だろ?」
フロリダ湾上空8.5マイル。
F‐35戦闘機「ライトニングⅡ」のコクピット内。
”シリアス”マーカス・アーロンは耳を襲った下品なジョークに僅かに眉を潜める。
「イーグル3、任務に無関係な会話は──」
「OK、わかってるわかってる」
いつもの何もわかっていないときの声だ。
マーカスの眉間の皺が深まる。
冗談の通じない奴と笑われてきたが、ミッションは確実に正確にこなしてきた。
シートの傍らには妻と娘の写真。
デイジーは明日ハイスクールを卒業する。
全周囲ヘルメットディスプレイの視界には、どこまでも空。
雲ひとつない、どこまでも藍色の空が広がっていた。
「こちらイーグル1、目的地まであと1分。準備を」
フロリダ州ハルバートフィールド空軍基地を離陸した3機のF‐35は隊列を崩さずに高度を徐々に下げていく。
空の色は藍から青へ。
そして、白へ。
「各機目標を確認」
イーグル1からの声に動揺が感じられる。
──破壊の権化が揺蕩っていた。
強風域半径約1200㎞。
中心部の最低気圧865hpa。
最大風速101m/s
超大型ハリケーン『イソラ』は中南米の国々に壊滅的な被害をもたらし、あと数時間後にはフロリダ州に上陸する予報が立てられた。
オペレーション『ストーム・フューリー2』
台風の目に氷の結晶組成を阻害する物質を大量に散布し、勢力を弱める。
荒唐無稽にもほどがある。
マーカスは訝しんだが、従来のヨウ化銀よりも遥かに効果の高い物質が開発されたとかで、上層部はサインを走らせた。
「あ、ああ、ああああ!」
突如の悲鳴がマーカスを強制的に現実へと引き戻す。
3号機が錐揉み回転を始めた。
「イーグル3、落ち着いて状況説明を!」
返答はなく、そのまま急降下を開始。
3号機が堕ちて行くその先、イソラの中心部。
マーカスはそこに充血した巨大な眼球を見た。
次の瞬間、1号機が錐揉み回転を開始する。
【続く】