ゲリラ監査役青海苔のりこ #9 中編
視聴率低下に苦しむ日曜朝の情報番組『惨DAYな朝』制作陣が繰り出した秘策、それはライバル番組の新登場キャラクターをSNSで先行ネタバレ卑劣公開することでファン離れを起こそうというものだった!
───翌日。
東京毎日チャンネル13階Dミーティングルーム。
前日と同様に、ドアには『惨DAYな朝 企画会議』の貼り紙。
ネの字型に並べられた机に座るスタッフ達。
ただ前日と違うのは、そのスタッフ達の表情や振る舞いに余裕が見受けられることだ。
ある者は打ち粉で愛刀の手入れをし、ある者は室内備え付けのサンドバッグに高速のコンビネーションを叩きこむ。またある者はフェニルメチルプロパン塩類を炙りその煙を鼻から吸引していた。
「で、結果のほうはどうだったの?」
週刊誌に目を通したまま顔を上げることなく、『惨DAYな朝』司会者にして大物芸能人のセキが同番組プロデューサー、カネガネに尋ねる。
「いい歳して漫画観てる奴らは全員喝だ!喝!」
「はい、こちらをご覧ください」
吼える番組御意見番にして元殺人プロ野球レジェンド選手、ハリーを無視し、カネガネは手元リモコンの電源ボタンを押す。
モニターに映し出されたのは世界最大規模のつぶやき系SNS。
件のネタバレ画像、すなわち『惨DAYな朝』と放送時間帯を同じくするライバル局サンライズブロードキャストのアニメ番組新キャラクターの全身画像及び担当声優の画像が添付された投稿には数千ものリプライがつけられており、4万を超えるリツイートがなされていた。
さらに悪質であったのはその投稿アカウント名である!
本家公式と被ることが無いよう『サンライズブロードキャスト広報アカウント』を名乗り、数か月前からあたかも本物の広報アカウントの如くPR投稿を繰り返すことによって信用性を高める偽装工作をおこなっていたのだ。
これではユーザーが公式のものと勘違いするのも已む無し!
カネガネが投稿記事より下へ画面をスクロールさせ、リプライの一覧が順に表示されていく。
「ふざけんな死ね」
「もう見ねぇわ」
「おのれゴルゴム!」
「番組より宣伝が大事なのか」
「子供を何だと思ってんだ」
「これ東京毎日の工作じゃね?」
「これも全部乾巧ってやつの仕業なんですよ」
「庵野エヴァどうなってんだよ」
「幸楽苑のチャーハン食べたい」
「電凸するわ」
「不買運動したほうがよくね?」
「マジ最悪」
「ポテサラエルフ」
「これは悪いですね まるでどこかの政権みたい」
「レイバンのサングラス2000円から!」
「#脳漿一気飲みリレー」
「これぜったい惨DAYの仕込みだって!」
「レイバンのサングラス2000円から!」
「レイバンのサングラス2000円から!」
「レイバンのサングラス2000円から!」
怒り・怨嗟・罵倒・非難で埋め尽くされたリプライ欄を見てセキとハリーは満足げに頷く。
「あれ?それ何スか?」
声を発したのは部屋の片隅でフェニルメチルアミノプロパン塩類を吸引していたADだ。
「あ、それってなんだよ?」
下の者には居丈高なカネガネが問い返す。
「ほら、一番下から2番目くらいのリプ」
「は?」
指摘のとおりにカネガネはリプライ欄を一番下までスクロールさせ、該当のリプライを探す。
青海苔のりこ@A_noriko -7分
BPOからきました。これから監査にうかがいます。
投稿に添付されている写真は東京毎日チャンネルの社屋。
「なんだこれ?」
「BPO?マジ?」
「監査って何よ」
室内に動揺が広がる。
「喝ーーーーーーーッ!!」
それを一瞬で鎮めたのはハリーだった。
「こんなもの偽物に決まっているだろう!SNSで偽物をやるような奴らは喝だ喝!」
セキも続く。
「BPOが監査するなんて聞いたことないしねぇ」
ピロリン♪
突然の通知音。
カネガネのスマホからだ。
「あ、すみませんこの投稿にまたリプがついたようで通知が」
思わず手元のスマホを操作するカネガネ。
「え......?」
画面を見て絶句する。
手が震え、ごとりとスマホが床に落ちた。
カネガネのスマホと連動している室内モニターに、通知の原因である新規リプライが映し出されていた。そこには......
青海苔のりこ@A_noriko -今
受付を済ませました。資料を準備願います。
添付されている写真はセキやハリー、カネガネがよく知っている東京毎日チャンネルの総合受付だ。
床には5人ほどの警備員が倒れ、柱の陰で受付嬢が身を寄せ合っているのがわかる。
「こんなものは合成写真に決まっているだろう!悪質なイタズラだ!喝だk」
PRRRRRRR......PRRRRRRR......
ハリーの怒号が終わらぬうちに内線電話が鳴り響き、呼び出し音で我に返ったカネガネが受話器を取る。
「はい、13階Dルームです」
「う...受付です!BPOから来たっていう女の人が、守衛さんを...」
そこから先をカネガネは聞き取ることができなかった。
BAAAAAAAN!!!
BAAAAAAANN!!!!
室外から扉を激しく殴打する音に邪魔されたからだ。
厚さ5㎝を誇る鉄製の扉は中央部が室内側に盛り上がり、その衝撃の激しさを如実に示していた。
「あわわわ......」
「な、なんだなんだ」
「はいドロー4」
「ドロー4返し」
「マジか」
スタッフたちに次々と怯えの色が広がるが、セキは机に肘をついたまま視線を外すことなく、表情を変えることなくドアを見つめ、ハリーはアオダモ殺人バットを構えすでに臨戦態勢だ。
BAAAAAANG!!!!
やがてドアが完全にひしゃげ僅かな隙間ができると、ドア向こうの存在はその隙間に両手指をねじ込むと、まるで襖戸を開けるように左右に引いた。
ギャリギャリギャリギャリギャリ。
火花を上げながら、悲鳴を上げながら、鉄製のドアが紙のように裂けていき、ガコンと床に落ちる。
「ヒッ......」怯えるカネガネ。
「………」表情も姿勢も崩さないセキ。
「喝だ!」とにかく喝って言いたいだけのハリー。
「ドロー4」ドロー4だ。
「ドロー4返し」ドロー4返しだ。
「またかよ」またなのだ。
廊下の明かりが太い一条の光の帯となって室内を走る。
その光の中に浮かび上がったシルエットの主。
”彼女”はセキら室内の面々に深く一礼しこう言った。
「こんにちは。監査役の青海苔のりこです」
【後編に続く】