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ゲリラ監査役 青海苔のりこ #7

 京都市内一等地。40階建て。
 「景観が汚れる」
 「古都にそぐわない」
 「帝がお許しにならぬ」
 「尊王攘夷」
 「日本の夜明けぜよ」
 建設には反対の声が多く上がったが、頬を札束で引っ叩いて買収。あるいは誘拐し脳改造。あるいは家族を人質に取って脅迫するなど地域住民との粘り強い交渉の末、日本のテコンドー事業を一手に担う公益社団法人『全日本テコンドー帝国』のオフィスビルは無事完成を迎えた。
 
 その最上階、特別役員会議室。
 長く一直線に並べられたテーブルが2列。
 片方の列には「理事長」「理事」などのプレート。
 もう一方には「選手代表」「コーチ代表」「武神」などのプレート。
 そう、彼ら彼女らはこの全日本テコンドー帝国に所属する理事や選手、コーチたちなのである。
 だが、席に着く両者の間に立ち込める殺気はまさに戦場で横陣が睨みあうが如し!

 これは一体どういうことなのか!?
 全日本テコンドー帝国は数年前から組織改革に着手。
 「グローバルに国際色豊かな世界的ユニバーサルである選手の育成」を謳い文句に、遠征チケットの手配・購入、海外のテコンドー協会との折衝、出前の注文、理事長宛ての代引き荷物支払いなどを全て選手に一任。

 さらには「赤貧に耐える強い心身作り」を目指し、国からの強化費を100%カット! 選手ではなく理事会の強化に浪費!

 これらの悪行に耐えかねた選手・コーチはついに理事会に叛旗を翻す。
 内部告発をし組織の再改革を求め、現理事全員に辞任を求める事態になった。
 理事長は予想だにしていなかった世間からのバッシングに仕方なく話し合いの場を設けることを提案、ここに至ったのである。
 

 「だからぁー!これからはキチンとやるって言ってるんだけどォ!?それじゃダメなワケぇ??アナタたちぃー?」
 奥の列中央に座るパンチパーマ男性が対面陣営に発言する。
 60歳前後。中肉中背。
 その老いた顔はファンデで真っ白に覆い隠され、唇にはうっすらと紅が引かれている。
 金色の特注高級スーツに身を包み、左腕にはひとつ500万円もする高級時計を2つも装着!
 この悪趣味高級スーツパンチパーマオネエ疑惑老人こそが全日本テコンドー帝国理事長、マルガネ・ギュウジだ。

 「今までキチンとできなかったからこういうことになってるんでしょう!?今までできなかった人が今からキチンとやりますって言って、それをハイそうですかって受け入れられると思ってるんですかッ!」
 コーチの一人が腰を浮かせて反論する。

 「キミきみキミィ!ちょっとなんだね理事長に向かってその態度は!」
 マルガネのすぐ隣「筆頭理事」と書かれたプレート席に座ったあまり高級でないスーツの七三分け男性が立ち上がってコーチを怒鳴りつける!
 
 「立場を対等にして話し合うって言ったのはアンタらだろうがッ!!」
 テーブルを勢いよく叩いてコーチも口角泡を飛ばす!
 七三理事はその剣幕に思わず怯み、たじろぐ!

 「そうだそうだ!」
 「無能は引っ込んでろ!」
 「髪の毛全部抜くぞ」
 「死ね腰巾着野郎」
 「ゴミの日間違えて女房に怒られてんじゃねーよ」
 「髪の毛全部抜くぞ」
 コーチに続けとばかりに選手たちも七三理事へ口撃!

 「あ、あわわわわわわ...り、理事長どうしましょう!」
 七三理事動揺!理事長マルガネに助けを乞う!
 
 しかし彼の期待は無残に打ち砕かれた。
 「アナタって本当役立たずですねぇーーッ!!!」
 
 黒革張りのイタリア製最高級チェアに深く腰掛けたまま、マルガネは懐から黄金の扇子を取り出すと、七三理事の鼻っ柱を痛打!
 「ギャブーーーッ!!!」
 あわれ、鼻血を宙に撒き散らしながら後方に5mほど吹っ飛ぶ!

 部下にも容赦なく振るわれる暴力!
 なんたる独裁的パンチパーマ恐怖政治か!

 「暴力で解決する気か」
 「いますぐ辞めろ」
 「動画録ったぞ」
 「髪の毛全部抜くぞ」
 敵陣の混乱ではあるが選手コーチ陣も義憤にかられこれを激しく非難!
 だがマルガネ理事長に動揺は一切見られず!
 高笑いしながら3つ目の腕時計をはめ、やおら立ち上がると対面テーブルの端から端までを指さし口を開く。
 「フォホホホホ!辞めるのはワタシじゃないの。アンタたち!」
 無法で非道の解雇宣告!

 もちろん選手コーチ陣も黙って受け入れはしない!
 「俺たちをクビにしたら大会にも参加できなくなるぞ!」
 「現場を蔑ろにするのか」
 「髪の毛全部抜くぞ」
 怒声が飛び交う!

 マルガネは悠然とした態度を崩さない。
 「選手もね、コーチもね、刷新するの!」
 咥えた葉巻に火を点け、指をぱちんと鳴らす。

 それが合図だった。
 理事側のテーブル、その一番端に座っていた人物が天井スレスレまで高く跳躍!
 同時に深く被っていたフードとマントを脱ぎ捨てる!
 その下は漆黒のテコンドー道着! 黒と赤のおどろおどろしいフェイスペイントで表情はうかがい知れない!
 そのまま体勢を制御し選手コーチのテーブルを襲撃!
 
 「ハイヤーッ!」
 強烈なローリングソバットが選手代表、前期五輪銀メダリストのホシイ・ギンジの喉元をえぐる!
 「グボオッ!!」
 失神!
 
 「なっ・・・野郎ぉーッ!!」
 ギンジのコーチや他の選手たちが一斉に漆黒戦士へと襲い掛かる!
 
 「ハイヤーッ!」
 漆黒真空飛び膝蹴り!
 「グハーッ!」
 
 「ハイヤーッ!」
 漆黒胴回し回転蹴り!
 「ゲバーッ!」

 「ハイヤーッ!」
 漆黒カカト落とし!
 「グベーッ!」
 
 BRTAAAAA...
 漆黒自動小銃!
 「アバーッ!」

 ものの1分も経たぬうちに漆黒テコンドー戦士は名だたるオリンピック選手とそのコーチ陣全員を叩きのめした!
 マルガネ理事長が懐から黄金扇子を取り出し、自身を扇ぎながら笑う。

 「フォホホホホホホ!彼こそワタシが強化費を着服し手塩にかけて育て上げた暗黒テコンドー戦士! 彼に任せれば全階級金メダル確実! アナタたちはもうお払い箱!ざーんねん!」

 「クソ...っ…こんな横暴がまかりとおると思うなよ...第三者委員会の報告がスポーツ庁に上がったらお前らの悪事も...」
 息も絶え絶えになったギンジコーチが最後の頼みの綱、外部有識者による第三者委員会への希望を口にするも、マルガネの余裕は一切崩れず!

「第三者委員会ぃ?ワタシが何にも手を打ってないと思ったぁ?」
 再びパチンと指を鳴らす。
 会議室のドアが開き、7人ほどの男女が室内に入ってくる。
 一方暗黒テコンドー戦士は自身への合図と勘違いし、すでにフードとマントを脱いでいることに気づいてあわあわした。
 
 7人はマルガネの前で横一列に整列し一礼すると、回れ右をしていまだ激痛にのたうち回る選手コーチ陣のほうに向き直った。
 列の一番左、メガネの男性が口を開く。

 「弁護士のキマリ・マモロウです。調査の結果、当協会にはコンプライアンス違反が一切ありませんでした。スゴイ遵法精神!」
 マルガネがぱちぱちと拍手。

 次はその隣、メガネじゃない男性。
 「会計士のトクイ・ケイヒです。調査の結果、当協会の予算は適正に使用されており不正は一切ありませんでした。スゴイ金銭感覚!」
 マルガネがぱちぱちと拍手。

 その隣、杖をついた細身の老人。
 「五輪テコンドー40連覇のテコンドー・ゴッドです。調査の結果、強化方針は完璧で欠点は一切ありませんでした。アスリートファースト!」
 マルガネがぱちぱちと拍手。

 ギンジのコーチは悔しさに打ちのめされていた。
 (なんてことだ。結局何も変えられないのか。日本のテコンドーはどうなってしまうんだ...ちくしょう)
 思わず零れた涙が床に落ちる。

 杖老人の隣、褐色の肌に映える金髪をポニーテールにしたOL風の女性。
 「監査役の青海苔のりこです。調査の結果、全部ダメです」
 マルガネがぱちぱちと拍手...しようとして、やめた。
 ギンジのコーチはここで何かおかしなことが起きていることに気づいたが、全身を襲う痛みに耐えきれず気を失った。

 「ちょっとちょっと何してんの?言われたとおりにやってよもう!」
 マルガネは青海苔のりこと名乗った女性に詰め寄り違和感に気づく。

 「あれ?アンタあのときの人じゃないでしょ?ワタシ知らないこのひと!誰!?無関係の人は出てって!」
 吠えるマルガネ。
 だがのりこは一切動じない。

 「ゲリラなので」
 「ゲリラだから何なの!」

 「突然の就任に対応できないのはそちらの不手際なので」
 「そうなの!?」
 
 混乱するマルガネに先程の七三理事が駆け寄る!
 「落ち着いてください理事長!」

 「ゲリラなので勝手に就任し」
 「こいつは選手側の雇ったスパイか何かですよ!叩き出しましょう!」
 理事たち7名がのりこを取り囲む!

 「勝手に監査をおこない」
 「みんないけーっ 理事長を守れーっ!」
 七三の号令の下、一斉にのりこに襲い掛かる!
 
 「勝手に処分を下します」 
 のりこの脚が周囲に円を描いた直後、床に倒れている人間が7名増えた。
 七三は鼻に引き続いて顎を砕かれた。仕方ないね。

 「あ...あわわわわ...」
 マルガネ完全に狼狽!
 「暗黒テコンドー戦士!やれっ!こいつをやれっ!」
 指を何度もパチンと鳴らし命令する。

 「ハイヤーッ!」
 暗黒テコンドー戦士跳躍!
 着直していたフードとマントを脱ぎ捨てる!

 漆黒ジャンピングかかと落とし!
 しかしのりこは腕をX字に構えこれをガード!

 「ハイ、ハイ、ハイヤーッ!」
 漆黒前蹴り3連打!
 しかしのりこは両手の甲で外側へ弾くようにこれを捌く!

 「ハイヤーッ!」
 漆黒胴回し回転蹴り!
 しかしのりこは前進し蹴りの発生前に相手の胴体をキャッチ!
 そのまま後方へ投げ捨てる!しかもパイプ椅子が積まれているところ!

 ガシャガシャガラドンガシャーーーーン!!!

 大ダメージだ!

 「おのれぇ...」
 立ち上がってくる暗黒テコンドー戦士!タフだ!
 BRTAAAAAAA…!!
 暗黒テコンドー奥義、漆黒自動小銃!
 しかし高速サイドステップを繰り返すのりこには当たらない!
 「ヴォッバーッ!!!」
 キマリ・マモロウの脇腹に銃弾ヒット!フレンドリーファイア!

 しまった、という動揺の表情がフェイスペイントの下に現れたのをのりこは見逃さない。
 一気に距離を詰めると暗黒テコンドー戦士の股の間を高速スライディングで潜り抜け背後に回り、後頭部へ右ハイキック一閃!
 暗黒テコンドー右脳が揺れる!
 さらに左ハイキック!
 暗黒テコンドー左脳も揺れる!
 脳震盪!失神!

 のりこは倒れた暗黒テコンドー戦士を一瞥もせずにマルガネに向かう。
 かつての暴君は恐怖に腰を抜かし、手を前にかざして必死に懇願した。
 「だ...誰に雇われたん? 倍!いや3倍出すからこっちに来ない!?」

 のりこは表情を変えずに答える。
 「私に依頼ができるのは私だけです」

 マルガネの視界をのりこの足先が覆いつくした。


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 選手コーチらが目を覚ましたとき、すでに室内に理事らの姿はなかった。
 その後全日本テコンドー帝国は解体、本部ビルは売却され、改心した暗黒テコンドー戦士が自動小銃を使い失格になったりしたのだが、それはまた別の機会に語られることだろう。


【おわり】


 

 
 
 

 


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