
カレン・ザ・トランスポーター #5
『運び屋』の仕事は毎回上手くいくわけじゃない。
何せ不治の病を治す薬草だの、古代遺跡正門の鍵だのを運ばされるのだ。
それを知った賊に狙われて奪われることもあるし、何も知らない賊に襲われて奪われることもあるし、野生のモンスターどもの胃袋へ放り込まれることだってあるだろう。
私だって最初は結構な失敗をした。
『失敗を知らないものは成功の喜びを知らない者である』
どっかの賢者がそんなことを言っていたが、今回ばかりは話が違う。
【王女に下着を差し入れたら、それが変態中年男性のリユースものだった】
世が世なら大罪、それも一族郎党ALLギロチン級だろう。
足裏で石畳を強く蹴り、城門へと急ぐ。
この街、ティランタが強固な城壁で覆われているのは周囲に強力なモンスターがいるためだ。
ゆえに、外から入ってくる人間はいても『街の外に出かける』なんて人間がいたら嫌でも目立つ。
「門の方に向かった」という民芸品少年の言はあっという間に裏が取れた。
小柄なエルフの少女が高級トランk…ちょっとだけ小柄なエルフの少女が高級トランクを背負って街の外に駆け出していく様は相当に違和感があったろうが、詰問され中身を改められるようなことがなかったことを神に感謝したい。
高級下着の山もアレだが、このトランクだってかなりヤバイ。
下着カタログに赤インクで「履き心地最高」なんて描きこむ女がヤバくないわけがなかろう。
私が衛視なら即詰め所に連行する。
城門を出て直ぐに脇道に入り、しばらく走って急に足を止める。
ほんの一瞬遅れて、背後で止まる足音が2つ。
「何か御用かしら?」
振り返りながら言い放つ。
もちろん、振り返らずに言った方が格好いいのはよーくわかっているが、背中を晒したまま話すのは危険だし、何より気のせいで誰もいなかったときなど精神的なダメージが大きい。
目の前に居るのは人間の男2人。
年齢は共に30過ぎといったところだろうか、これといって特徴のない旅姿だが、ただの旅人や野盗とは思えない点がいくつもある。
2人のうち1人はヒゲ面だが、よく整えられている。
毎日きちんと手入れしています、と言わんばかりだ。
腰にぶら提げたショートソードはやけに年季が入っているが、埃や汚れは見られない。
こちらもヒゲ同様に毎日の手入れを欠かしていないように見える。
一方、上着の下に着込んだ革鎧、これは『さっきそこの店で買いました』と言ってるようなピッカピカの新品。
これは『いつも使っている防具では何らかの不都合があるため、新たに買いそろえる必要が生じた』ということだろう。
さて、小娘1人…小さくは無いので娘だ。娘1人をひそかに追跡するのにわざわざ革鎧を買うほど邪魔なものとは何だろうか。
おそらく、この2人は普段革鎧よりも重いものを着込んでいる。
それは『金属の鎧』だ。普段から金属の鎧を着込み、身だしなみに気を使い、武具の扱いが丁寧な職種。
「どちらの正規兵さん?こんなことするとご家名にキズつかない?」
おそらく私の予想は当たっている。
その証拠に、2人の男は質問に答えず腰の得物に手をかけた。
「あのトランクは諦めよ。そうすれば御身に危険は及ばぬ」
ヒゲ面が言う。
『御身』ときたか。
ますます良いとこの公務員だなこいつら。
このまま撒いてもいいのだが少し聞きたいことができた。
静かに結界を展開する。
「あのトランクは諦めない。よって貴方たちの身に危険が及ぶ」
【続く】