
カレン・ザ・トランスポーター #21
葉を揺らさず、枝を鳴らさず、ただただ静かに森の中を歩く。
それでいて、速度は人間が通常歩くものと変わらない。
狩猟民族であった我々ウッドエルフには必須科目のようなもので、これができない奴は大型獣の囮になったり、ひたすら里で矢を作ったりする地味な仕事に回される。
まぁ地味でも大事な仕事ではあるので、父が獲物の猪ではなくヒュドラをキルポイントに連れてきたときは大問題になり、その後は私が囮を引き受けることになった。
村一番の射手としてありとあらゆる獲物を射止め、大金持ちになってちやほやされながら遊んで暮らす、という私の人生計画はこのとき完全に狂わされる。
気が付けば一族で並ぶものがないほど脚力が鍛えられ、万病の薬草から下着セットまでありとあらゆる荷物を運び、小金を手に入れてはちょっとした贅沢をする、という人生になってしまったのだ。
話を現実に戻そう。
木こりが入っていないせいでろくに整えられていないセンネンスギの林は雑草が腰まで生え、身を隠して進むにはちょうどよい。
その右手側200mほど先だろうか。
ガシャンガシャンという金属鎧の音が聞こえてくる。
打合せの際にランパードのおっちゃんから聞いた話では、1か月ほど前に王都にへタレコミがあったそうだ。
村で鍛冶屋を営む男の一人娘からの訴えであり、村の材木産出量異常減少に伴う『よいこの積み木シリーズvol.7マッハワイバーン』発売中止もあり、配達ギルドよりも先に原因究明及び解決の任がドルエン教の大司祭に与えられたというわけだ。
ていうか、あの噂本当だったんだな。
ガシャン、ガシャン、ガシャ...ガシャガシャガシャーン!
...あ、転んだっぽい。
あの図体と装備で隠密行動をしろというのは、ワイバーンに水泳を強要するに等しい。ひょっとしたら泳げるのかもしれないけど。
そんなわけで、あっちはバレてもいい囮。
おそらく父よりはずっと役に立ってくれることだろう。
森をかき分け進むこと十数分、右手から声が上がる。
誰何、怒号、そして何故かの笑い声。
おっちゃんが泉に到達したことは間違いない。
私は駆け出しながら詠唱し風の結界を周囲に展開する。
どうしてこうも毎回毎回私の仕事は暴力沙汰になるのだろうか。
葉を散らし枝を折り前へ駆ける。
周囲に差し込む陽光が強くなってきた。
この藪を抜ければ泉のある広場だ。
あと20m。麻袋を取り出す。
あと10m。口紐に手をかける。
0m。広場に踊りだす。
右手側でもみくちゃになってるおっちゃんと衛兵が見える。
3人を相手に大立ち回りを演じてくれてはいるが、当然泉の周囲にも警備はいるわけで。
長大なグレートソードを抱えた重戦士がこちらに向き直り構える。
以前にもいたやつだ。
もちろんこれが連携的な奇襲であることは百も承知なのだろう。
鉄製の兜の中では「待ってました」といわんばかりの笑みを浮かべているに違いない。
私は重戦士の手前10mほどで急ブレーキし結界を切り離す。
そして、同時に麻袋の中身を前方へブチ撒けた!
【続く】