
カレン・ザ・トランスポーター #17
「お前も金儲けに来たのか!」
後頭部を押さえて振り返った私の前に立っていたのは、10歳にも満たないような幼い少女だった。
...なのに、私とそれほど身長変わらないのはどうしてなんだろう...
「ちょ...ちょっとダメでしょ人に石なんて投げ...」
「うっさい死ねーーーーーッ!!」
咎める暇もなく第二投が放たれる!
なんだなんだ、私は品物を届け、お賃金を貰い、3等客室で異様に硬いバゲットを齧り、たまに羊肉を挟むとかしたけど極めて質素に暮らしてきた。
殺意を向けることはあっても向けられるようなことをした覚えはないはずだ。私ん中ではな!
まぁ、相手が石を投げてくるとわかれば対応するのは難しいことじゃない、弓を使って決闘するウッドエルフの動体視力をナメてもらっては困る。
二投目はわずかに首を傾けるだけで避ける。
続く三投目もブリッジ回避!ふははは!どうだすごいだろう!
と、体を起こした私の目に入ったのは、大きな水桶を抱える少女。
その目にはより強い敵意が宿っており交渉の余地とかがうかがえない!
ちょっとタンマ!広範囲の液体散布攻撃はマジで困る!かーなーり困る!
バッシャアァァァァァン!!!
避けきれるはずもなく、どっから汲んできたのかわからないような藻の混じったヌメヌメ水に全身を濡らした私に対し、少女は再度
「かえれ、ばーーーーーーーーーか!!!」
と罵声を浴びせ走り去っていった。
あまりの出来事に呆然と立ち尽くす私の背後に新たな人の気配。
「娘がご迷惑を…」
背後に立っていたのはくたびれた感じの中年男性だった。
エプロンや手袋を見れば、彼が鍛冶屋であることはすぐにわかる。
「行商人の方でしょうか、お詫びといってはなんですが、汚いところですが我が家でお召替えなどを…」
なるほど、まぁ鍛冶屋の娘さんともなれば、よその町からきた斧売ってる女に敵愾心を抱くのもむべなるかなとは思うが、それにしたってあそこまで恨みを買うのは流石におかしい。
うまくいけば泉のことや村のこと、色々と聞けることがあるかもしれない、そう考えた私はお言葉に甘えることにしたわけなのだが、いきなり「じゃあお邪魔します」というのも節操がなさすぎる。
人間の社会では『2回断ってなお相手が勧めてきた場合は受諾せよ』というのがどうやらマナーらしいのでそれに従うこととする。
母もこれに倣って父のプロポーズを2回ほど断ったそうだ。
「いえいえそんな、私は宿でも取って...」
「あ、そうですか。じゃあ...」
片手を軽く上げて立ち去ろうとする男性。
「ちょっと待ったぁーっ!!」
慌てて追いつき後ろから襟首を引っ掴む。
「グゴゲッ!」
潰れたカエルみたいな声が聞こえた。
「何するんですか!?」
「何するんですか!?じゃないでしょー!??」
「えっ」
「そこは”いえいえそうおっしゃらずに”とか!」
「えーっ」
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私が案内されたのは町はずれにある工房。
予想通りこのおじさんは鍛冶屋で、あの投石少女はここの一人娘ということだった。
いやでも目に入ったのは壁一面の落書きだ。
【裏切者】【出ていけ】【村の恥】などと見るに堪えない暴言が書き連ねてある。
「あ、あー...これは気にしないでいただいて...」
気にするなという方が無理だ。
私はストレートに尋ねた。
「泉に投げ込むための斧を作れと言われたんですね?」
【続く】