大江手峠
俺はちっぽけな山小屋の中でガタガタと震えていた。
真夜中で外は大雨、寒さが肌を刺す。
だが問題はそんなことじゃあない。
「GRUU! GRUU!」
初冬の大江手峠。
取材でやってきた俺を待っていたのはお目当ての被写体ではなく
冬眠し損ねの所謂「穴持たず」のヒグマだったのだ。
奴に執拗に追われ、気がついたらここに逃げ込んでいた。
「GRUUU!」
唸り声が聞こえるたびに柱が軋み梁が揺れる。
「FUSHUUU!」
鼻息が絶望と恐怖を煽りたてる。
ふと外が静かになった。
聞こえてくるのは雨音だけだ。
「あきらめたのか?」
一瞬でも安心したのが災いし、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
戸の隙間から朝陽の光が差し込み目を覚ます。
おそるおそる外をうかがう。
ヒグマの気配はない。
ヒグマの死体があった。
喉から下腹部にかけて貪り食われたような跡。
俺は今なら天国に思える編集部を思い出す。
(あの投稿写真、フェイクじゃなかったのかよ…)
【続く】
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