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ゲリラ監査役 青海苔のりこ EX 前編

 ────2020年1月、都内某所。
 鞄を傘代わりにしたサラリーマンが、凍雨に濡れるアスファルトの上を駆けていく。
 午後7時。仕事を終え駅に向かう人々の流れに逆らうように街の中心部へと歩を進める男があった。
 
 身長175cmほどの比較的がっしりとした体格。
 男は傘も差さず、何も羽織らず、荷物もなく、手ぶらのままボロボロのレインコートを雨露に濡らしただ歩き続けていた。
 フードを深くかぶり、その表情は窺い知れない。

 異様な佇まいではあるものの、この大都会では他人に心を割く余裕など持ちようもない。
 人々はただただ男の真横を足早にすれ違っていくのみだ。
 
 やがて男はとあるオフィスビルの前で立ち止まった。
 顎を軽く上げてビルを見上げた後、自動ドアを抜けてエントランスホールへ入ると、男の姿を認めた守衛2人組が歩み寄ってくる。

 守衛たちは男の胸元に視線を移し、ビルの関係者ではないことを確認した後に男へ語り掛けた。
 屋内に入ったというのにレインコートを脱ごうともせず、フードすら被ったまま。どう考えても不審人物でしかない。
 「すみません、総合受付の営業時間は終了しておりまして。どなたかとお約束でしょうか?」

 男は質問には答えようとせず、総合受付カウンターの壁面にあるフロア案内をじっと見つめている。 
 「......13階か。」
 そう呟くと、びしょ濡れのコートを翻しながらエレベーターへと向かう。

 「ちょ......ちょっと待って!」
 守衛が慌てて男の手首を掴み、この場に引き留めようとする。
 しかし次の瞬間、彼の体は宙を舞い、硬いフロアへ背中から叩きつけられる!
 「グハッ!!!」 悶絶!

 「え? え?」
 もう一人の守衛は何が起こったのか即座に理解できない!
 男は意に介することなく再びエレベーターへ!
 「お......おい!アンタなんとかしろ!」
 ホールに居合わせた中年男性の声で我に返ると、侵入者を止めるべくダッシュ! 背後からの両足タックルを試みる!
 実際これはかなり危険な行為だ!

 守衛の両手が男の両脚を抱え込み引き倒そうとする瞬間。
 彼の視界から男が消えた。
 一瞬の困惑。
 だが即座に判明!
 男のダイビング・フットスタンプが守衛の背中を勢いよく踏み抜いた!
 「グエーッ!!!」
 そう、男はタックルがヒットする寸前に垂直ジャンプすることで敵の視界から消え、落下の勢いを味方につけての反撃を成功させたのだ!
 
 のたうち回る守衛を横目に男はエレベーターへ乗り込むと、13階のボタンを押した。
 
 13階。
 出版社「ライフソフトヘッズ出版」のミーティングルームではささやかな宴が催されていた。
 デリバリーのカリフォルニアピザが並び、空のコロナ瓶がそこらじゅうに転がっている。
 ドリトスひと袋を一気食いするものもいた。

 毎年多数の投稿で賑わう年に一度の小説応募コンテスト。
 その審査がようやく終わり、最終結果を発表したばかりなのだ。
 「いやー今回もスゴイ作品ばっかりでした」
 「でも楽しかったですねー」
 心地よい疲労と充実感が彼らを包む。

 しかしそのお祝いムードは一瞬で破壊された。
 
   GSYAAAAAAAANNN!!!!

 すさまじいガラス破砕音!
 「なんだ!?」
 「オフィスのほうです!」
 「いってみましょう!」

 駆け付けた社員たちが見たものは、室内で台風が吹き荒れたかの如く破壊されたオフィスと、その中心に無言で立つびしょ濡れのコートを着た男。

 男は彼らの姿を認めると、ゆっくりとコートのフードを下ろした。 
 「ひっ......!」
 女性社員が短い悲鳴を上げる。
 男は真っ黒な紙袋を被っており、その中心には巨大な単眼があったからだ。
 眼球は充血し、脈動し、視線がせわしなく動いていた。
 紙袋に描かれたイラストなどではないことは誰の目にも明らかであった。

 単眼男は胸の高さに上げた右手の拳を左手の掌で包み込み、そのまま静かに頭を下げた。
 
 「ドーモ。オレイマイリです。」

【続く】

 


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