ゲリラ監査役 青海苔のりこ EX 後編
女性は、何らの感情を顔に出さぬまま、オレイマイリに向けてゆっくりと頭を下げた。 「こんばんは。監査役の青海苔のりこです」
怪人の単眼が突然の闖入者を見据える。
怪人はこの女を知っている。
ありとあらゆる団体の監査役に勝手に就任し、ありとあらゆる不正を圧倒的な暴力で糾弾するこの女を。
渾身の『サカウラミ怪光線』がこの女によって無効化されたことはどう見ても明らかだ。
怪人オレイマイリは光線の発射姿勢を解き、頭部を覆う紙袋の奥から憎悪と怒りに満ちた声を上げる。
「おのれ、パルプの何たるかもわからぬクソ出版社の手先となったか!」
のりこは怪人の言葉に答えることなく、ゆっくりと両手を顔の高さまであげ、構える。
それを見たオレイマイリも静かに両拳を腰の高さに下ろし、背後に肘打ちをするかのように後ろへ引くと、中腰に構え全身に力を籠めた。
先手を打ったのはオレイマイリだ!
大きく上半身を捻って右の正拳突きが繰り出される!
のりこはこれを両腕をX字にクロスさせガード!
しかし体重差は歴然!ガードの上から押しつぶさんとするほどの威力!
だがのりこはガードを維持しつつ上半身を反らせ突きの勢いを殺すと、バック宙しながら相手の突き腕を蹴り上げる!
これぞ暗黒監査役奥義、サマーソルトキックだ!
「ヌオゥ!!」
ヒールのつま先が肘を直撃!重い突きが跳ね上がる!
だが効果的ダメージには至らず!なんたる理不尽な恨みパワーから生ずる悪魔的耐久力か!
のりこが膝立ち着地から上体を起こす隙をつくように単眼男の前蹴りが襲い掛かる! あれを顔面に受ければ頭部が夏浜のスイカめいて粉々になるであろう!
ブォン!
風切り音とともに、のりこの頭部があった場所をオレイマイリの右足が通過する!
遠巻きの社員達は戦慄!のちに安堵!
「グ......グヌゥーッ......!!」 怪人が呻く!
恐るべき蹴り脚は、のりこの肩口でがっちりと押さえ込まれていたのだ。
パルプ動体視力を持つものならば、いったい何が起こったのか瞬時に理解しえたであろう。
のりこは紙一重のタイミングで頭部を大きく横に傾け蹴りをかわすと、即座に傾きを戻し頭部と肩、そして左腕を巻き付かせて敵の足首をホールドしたのである。
単眼怪人はケンケン立ちのまま脚に力を込めるが、まるで深い泥土にはまったかのように蹴り脚は動かない!
そしてのりこは敵の右脚を掴んだまま、勢いよく時計回りに体を捩じったのである!
凶悪なる脚殺し技、ドラゴンスクリューだ!
通常、この回転に無理に抵抗しようものならそこに待っているのは膝関節の破壊!
体重の気になるオレイマイリには致命的な負傷になりかねない!
ならばどうする!
こうするのだ!
オレイマイリは回転の勢いに逆らわず、さらに自身の回転を加える!
錐揉みしながらフロアに叩きつけられるが、膝へのダメージは最小限だ!
痛みをこらえ立ち上がると弾丸めいた胴タックルを敢行!
体格差は歴然。捕まえてしまえばこちらのものだ!
両腕ががっちりとのりこの細い腰に回る。背中でしっかりクラッチ!
──勝った。
単眼の瞳孔が勝利を確信し見開かれる。
しかし。
しかし青海苔のりこ微動だにせず!
単眼怪人の恐るべきパワーで押せど引けども動かず!
まるで床に根を張った大樹が如く!
「ひとつだけ教えておきます」
タックルの姿勢のままのオレイマイリは頭上からの声を聴く。
「私はライブソフトヘッズ出版の監査役ではありません」
──まさか。
紙袋の表面を冷や汗が伝う。
オレイマイリの胴にのりこの両腕が回され、臍の位置でクラッチされる。
次の瞬間、彼は上下逆さまの状態で持ち上げられた。
のりこはそのまま単眼怪人を漕ぎすぎたブランコめいて大きく振り上げ、逆肩車のような状態へ移行、そして猛ダッシュ開始!
勢いをつけて前方へと放り投げた!ビル壁面の窓ガラスへと!
そのあまりの残酷さゆえに古代文明の壁画に封印されていた監査役秘奥義、投げっぱなし式パワーボムである!
オレイマイリの体はガラスを突き破り、重力が殺意の牙を剥く40メートルの夜空へ!
「おのれっ! おのれーーーーっ!!」
断末魔とともに地面に叩きつけられる!爆発!さらに爆発!
跡に残っていたのは真っ黒な紙袋だけであった。
「......あれ?」
野次馬がビル上空から降ってきた1枚の名刺に気づいた。
紙袋の上へと静かに落ちる。
そこには『パルプスリンガーズ 監査役 青海苔のりこ』とあった。
【おわり】