
カレン・ザ・トランスポーター #24
前 回
真っすぐに伸びたセンネンスギの林を照らす太陽が西の山に消えようとしている。
結界を練り上げると同時に、足元にある革袋をえいやっと蹴飛ばす。
中身はさっき重戦士にぶつけた鉄球を拾い集めたものだ。
さすがに全部を拾い集めることはできなかったが、まぁ全体の2/3、2000個くらいは集まっただろう。
同時に出来上がった結界を解除、半径2mほどの球状に圧縮された風は命令どおりの方向に吹いていく。
それはスタミナハゲゴリラこと神官オッサンではない。
例の「泉」だ。
ひとつひとつは大した重さでない小さな鉄球は風に吹かれ次々と転がっていき、ポチャンポチャンと音を立てて泉に吸い込まれていった。
「ぬはははは!どうしたどうした?そこでノビておるのを倒したご自慢の武器ではなかったのかね?吾輩と我が神は慈悲深いので降伏は常時受付可能だ!」
顎で先ほどの重戦士を指しながら、オッサンはさも豪快に笑う。
「いやー、やっぱ私もまとまったお金が必要でさー、これっきりにするか
ら、最後に私にも泉を使わせてくんない?」
「ぬはははは!諦めが肝腎よな!よかろう!戦友の誼だ!そのくらいの贅沢は偉大なるドルエンもお許しになるだろう!」
「だよねー。これだけあれば結構な量になるよねー」
「ぬはははは!まぁそれなりの額......”量”?」
怪訝に顔をしかめたオッサンに一瞬だけ微笑むと弾け飛ぶように駆けだす。
オッサンではない、泉の方向へと。
僅かに遅れてオッサンも小走りでこちらへ向かってくる。
ま、流石に気づいたんだろうが、圧倒的にこちらが速い!
泉がまばゆい光を発した直後、中央から波紋が広がっていき、青白く輝く女性が水面に姿を現した。
空に向けてかざした手のひらの上には、それぞれ金と銀に輝く無数の小さな球体が浮かんでいる。
青白く輝く女性、泉の女神はうつむいた顔をゆっくりと上げながら語り出した。
「あなたが落としたのはこの金の...」
「普通の鉄のやつ!」
女神が顔を上げた瞬間、彼女をものすごい向かい風が襲った。
私が結界を張ったままその真横を通り抜けたからだ。
同時に、その風が両手にかざしていた金と銀の球体をすべて巻き込みかっさらっていく。
正式に譲渡されたもんではないが、正直に答えてるんだからもう私のものってことでいいだろう。
金と銀の球体が線状の光になって結界内を飛び回り、輝く風の球体を形成するさまは、傍から見ればさぞかし美しかったに違いない。
結界内部の私は球体同士がガンガンぶつかる音で気が狂いそうだったんだけども。前すっごい見えづらいし。
「あくまで最後まで戦うか!それもまたよし!」
オッサンはこちらへの接近を中止、腰を深く落とし盾を構える。
全身を覆う黄金の光はより輝きを増す!
避ける気一切なし! そうだそれでいい!
「風よ!」
───さあ、勝負だオッサン!
「よい旅を!」
急停止! 世界一豪華な礫をたっぷり喰らうといい!
勢いを保ったまま解放された風の塊は無数の光条を伴い、頑強な神官戦士へと襲い掛かる!
ガガガガガガガガガガガ!!!!!!
ガガガガンガガガガンガガガガガガガガンガガン!!!!!
計4000もの金銀の光弾が難攻不落の要塞を打ち据え包み込んでいく。
「ぬああああああああああああ!!!」
───結論として、オッサンは倒れなかった。
全身の光は非常に弱弱しいものに変わっていたが、
それでもしっかりと両の足で地面を踏みしめて立っていた。
「ぬははははは!勝っ…」
オッサンの勝利宣言が突如中断される。
私が背後から麻袋を被せたからだ。
ダガーを急所に刺せとかならまだしも、こういうことをする分には相手の防御力とかは関係無いし、防御を固めると動きが鈍るタイプならこれくらいは余裕でできる。
すぐに外せぬように口紐をギュッと縛る。
オッサンの得物はメイスなので切り裂くことも不可能だ。
「な...何をしモガッ...見えなっ…モガガッ!」
視界の遮られたオッサンの背後から語り掛ける。
「オッサンが今被ってる麻袋さ、特注でさ、入れられたものの重さが1/20になるのよね」
そう、この麻袋は私が5ダースの斧を運んできた魔法の麻袋だ。
「!?」
やっと体の軽さに気づいたようだ。
鎧と盾込みだとしても10kg未満程度にしかなるまい。
袋からはみ出ている部分の判定がどうなるかは気になっていたが、斧の柄の重さも感じなかったから、まぁ人間相手でもこうなるだろうなとは予想がついた。
ダメだったらそのまま逃げるつもりだったけど。
「さーって、それじゃあ...」
私の声が徐々に遠くなっていく、つまり距離を取っていることに気づいたようだ。
「ま...待て!今ならモガッ…キャンペーンのポイントと期間を2倍にしてもいいモガ!」
「だめー♪」
見えてないのがわかってはいるが、わざとにっこりと笑い、また結界を展開する。
「ぬあああああ!!!」
オッサンはちょっとした風にもふらつくような体をなんとか踏ん張って、全身に黄金のオーラを纏わせていく。
だが、いくら防御力を増そうが重さは軽いままだ。
ミスリルの兜を砕くことはできないが、遠くに放り投げるだけなら子供にだってできる。
無敵を誇った人間要塞、スタミナの権化ハゲゴリラもここまでだ。
「モガガッ!4倍!4倍ではどうだ!モガ破格だぞ!ドルエン大判ぶるm...グハァ---------!!」
限界まで加速して解放した風の塊を、卑怯にも背後から突き上げるようにブチ当てると、オッサンの体はやり投げのような放物線を描いて林の遥か向こうへと消えていった。
「あ...あのぅ...」
緊張が一気に解けて疲れと痛みが全身を襲ってくる中、思わぬ声に振り返ると、泉の女神が水面に立ったままこちらを見つめていた。
そうだそうだ。
本来の仕事を忘れるとこだった。
【続く】