無機物2

『無機物マン』#2

 無機物マンについては厳格なルールが細かく多数に定められている。

・無機物マンになるのはライセンスを受けた格闘家のみとすること
・憑依するものは無機物とすること
・火器や凶器、それに準ずるものは憑依対象外とすること
・憑依する無機物は完全にランダムで決定されること
・ずるしないこと
・よのなかのきまりをまもること

などである。
 F-2ステルス戦闘機人間とかICBM人間とかの戦いはもはや格闘ではなく単なる戦争になってしまうし、チェーンソー人間とか釘バット人間はBPOとかPTAから怒られてしまうからだ。
 また、観客に危害が及ぶ可能性のあるものについても憑依が禁じられており、点火済みのネズミ花火人間が扇風機人間によって国技館の2階席まで吹き飛ばされ大パニックを引き起こした事件は「両国スターマイン~夏~」と呼ばれ語り草になった。

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 舞台はMSGのリングに戻る。
 もはや悲鳴すら上げられなくなったフランス人形人間は完全に動きを停止し、レフェリーのブルドーザ人間が2者を引きはがす。
 洗濯バサミ人間の勝利を告げるゴングが鳴らされると、観客席から万雷の拍手がリング上に降り注ぐ。
「ボンジュール!ボンジュール!ボンジュール!」
 勇敢に戦った敗者を讃えるチャントだ。 
 勝者敗者ともに試合後は儀式を行い、魂が元の格闘家へと戻っていくのだが、精神的なものはともかくとして肉体的に負傷する可能性はゼロであるため、その点もこの無機物バトルが支持を集める理由となっている。 
 もちろん憑依する対象物によってある程度相性めいたものが生じるのは避けられず、そこをどう「人間の知恵や経験」で乗り越えるかというのがまた見所でもある。
 百円ライター人間がA4再生紙人間に敗れることもある、それが無機物バトルだ。

 次の試合が始まろうとしている。
 コンパス人間はすでに入場を済ませ、対戦相手をリング上で待ち構える。
 つまみの部分から屈強な成人男性の上半身が生え、両足部分が文字通りコンパスの「脚」になっている。
 会場がざわつきだした。
 対戦相手であるドラム缶人間のテーマ曲がかかってから既に数分が経過しているにもかかわらず、当人が入場してくる気配がまったくないのである。
 「グオオオオオオオォイルショック!!!」
 バックステージからの叫び声に駆け付けた関係者が見たのは、胴体部分が無残に破壊され虫の息となったドラム缶人間の姿であった。
 人の拳を至近距離から叩きつけたような深い凹み。
 「誰にやられた!?」
 関係者の問いに彼はか細い声で一言だけ答えた。

 「ジ…ジークン…ドー…」
 どこかで怪鳥のような叫び声がした。

【続く】

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