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ヨーグル斗の拳

 西暦20XX年。
 世界は戦乱の炎に包まれた。
 しかしそれでも、人類は生き延びていた。
 無政府、無秩序、無慈悲、無添加を極める死の荒野。
 もはや暴力のみがこの星の唯一の掟であった。

 草の一本も見つからぬ荒涼たる大地。
 灼熱の太陽の下、一人の老人が大事そうにプラスチック容器を抱え、傷だらけの体を引きずるように歩いていた。
 
 BWOOOON! BWOOOOON!!
 そこに鳴り響く大型バイクのエンジン音。
 数は3台。
 乗っているのは皆10代後半と思しき男性。
『渋谷スクランブル交差点』『行儀が悪い』『悪いMENSA』などの刺繍が入った漆黒の特効服。
 ヘルメットも被らず、木刀や鉄パイプなどで武装している。

 リーダーと思しき赤髪のモヒカン男性がバトルアックスを掲げて合図すると、3台のバイクは三角形の配置になり、その中心で老人を囲むように停車した。
 
 ドッドドドドッドドド
 アイドリング音が老人の恐怖を加速させる。

 「ヘッヘホウホーッ!やーっと見つけたずぇー!」
 「おとなしくその食いモンを渡してもらおうかー!」

 茶髪ロン毛とピンクのツンツンヘアーが木刀と鉄パイプを振り回し、容器を渡すよう老人を脅迫する!
 暴力で食料を奪い取るのが当然という非情ワールド!
 だがこれが紛れもない現実なのだ!

 「こ...このプレーンは牛乳さえあればいくらでも増えるんじゃ...!そうなればアンタらにも分けてやれる...お願いじゃ...これさえあれば...」

 「なおさらそのプレーンを食いたくなったぜ」

 赤モヒカンが顎で合図をすると、茶髪ロン毛が老人の背中に勢いよく木刀を振り下ろした!

 「ギニャーッ!」老人悶絶!

 だがそれでも容器は手放さない!
 「オラぁ!兄貴にそれを寄越すんだよ!」
 ロン毛がさらに木刀で殴打!
 
 「ヒベーッ!」悲鳴!
 
 だがそれでも容器を手放さない!
 「こ...このプレーンは明日への希望なんじゃ...!!」
 「そうかい、なら今日死にな」
 赤モヒカンが再度顎で合図を出す。
 ロン毛はさらに老人を殴打!殴打!もはや虫の息だ!

 そして、とどめとばかりにロン毛はより大きく木刀を振りかぶり、老人の背中に一撃...

 は入らなかった。
 振り上げた木刀が背後で何者かに握り止められていたからだ。
 ロン毛の背後にいたのは、純白のジャンパーとダメージジーンズに身を包み、まるでブルガリア神話の彫刻めいた筋骨隆々の男性!
 
 「なんだテメェ!俺らをダイゴファミリーとしって喧嘩売ってんのか!」
 ロン毛の発する誰何の声に、男は右の平手打ちで応えた。
 「ブベッシャア!」
 真横に5mほど吹っ飛ぶロン毛!
 ピンクツンツンと赤モヒカンも一気に警戒心を増し武器を構え直す!

 「な…なかなかやるじゃねぇか でもなぁこれからだぜ!」
 立ち上がってくるロン毛!若者のタフ離れとは無縁!
 しかし男性はロン毛を指差すと表情を変えずに告げる。
 
 「お前はもう健康ではない」
 
「あァ!?  グッ...グッフォポォーゥ!!」
直後、突然の腹痛に苦しむロン毛!
腹部が瞬く間に約10倍に肥大し、破裂! ゴッドブレスユー!

 「な…何ィ!」
 「腸内環境を一瞬にして悪化させる...これぞ我が奥義」


「ば...馬鹿な...」
「兄貴!何ビビってんだ!やっちまおうぜ!」

 赤モヒカンの制止を無視してピンクヘアーが鉄パイプで殴り掛かる!
 しかし男性は半身でこれを避けると、カウンターのショートアッパーを顎に叩き込んだ!
 「うぇるしゅっ!」
 顎を下から強打され、上空20mほどへ舞い上がり、地面へ激突!
 「ち…ちくしょう まだまだだぞこの野郎!」
 立ち上がってくるピンク!若者のタフ離れは都市伝説!

 しかし男性は先ほどと同じようにピンクを指差す。
 「お前ももう健康ではない」
 「な…なんだとォ...グゲ...グベボゴゴゴォォォッ!!」
 やはり腹部が肥大し破裂!

 「わ…悪かった…このとおりだ許してくれよ!」
 赤モヒカンの命乞い!
 「ダメだ」
 即答!

 「こ...この野郎くたばりやがれぇぇぇッ!」
 激昂しバトルアックスで斬りかかる!
 「カゼイシロタァ!」
 裂帛の気合と共に裏拳一閃!
 バトルアックスが粉々に砕け散る!

 「ヒイイィィィィッ!」
 腰を抜かす赤モヒカン!
 それを冷徹に見下ろす男性。
 「お前ももうすぐ健康でなくなる」
 「たっ助け...」
 「お前らに明日増える菌は無い!トリジウムクロス!」
 モヒカンの両肩に袈裟斬りで打ち込まれたチョップは、その体をX字に4分割!
 「グワーーーーツ!」
 ここにダイゴファミリー300年の歴史は幕を閉じた。

 「ご老人、大丈夫ですか」
 老人を抱えあげる男性だったが、もう手遅れであることは誰の目にも明らかだった。
 「おお...親切な方...せめて…せめてあのプレーンだけでも村に送り届けてくださらんか...あれは…あれは明日への...きぼ...う……」
 村の方角を指差した手が力なく垂れていく。
 
 男性は老人の遺体とプレーン容器を村へと運ぶと、牛乳を一度沸騰させてから40度くらいにまで冷やし、容器内のプレーンヨーグルトを混ぜてから、老人の眠る墓の上で一晩放置した。

 「そんなんで本当にヨーグルトが増えるのかい」
 道行く老婆が訪ね、男性は静かに答える。
 「増えるさ。乳内の糖を乳酸菌が分解し作り出した乳酸によって、乳が酸性に傾くことで乳内のカゼインが固まっていく。それに...下にあの老人が眠っている」
 

【終わり】

 
 

 

 

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