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カレン・ザ・トランスポーター #9

↑前回

 約8分後。
 恐ろしい鳴き声とおぞましい叫び声の聞こえた地点に辿り着いた私が見たのは信じられない光景だった。
 そこに転がっていたのは体高3mを超える殺人ヒクイドリの死体。
 おそらくこいつが鳴き声の主だ。
 そしてそこから目的地方面に向かって残る足跡。
 おそらくこいつが叫び声の主だ。
 
 足跡は人間のものが一種。殺人ヒクイドリのものが一種。
 つまり、あのオッサンがこの大物を仕留めたということだ。
 殺人ヒクイドリは獰猛な気性と高い縄張り意識で知られており、空腹時でなくとも、『なんとなく』とか『おやつ感覚』とか『昨日雨が降った』などの理由で他の生き物を蹴り殺す恐ろしいモンスターで、並の冒険者では歯が立たない。

 驚いたのはもう一つ。
 ここが『入口と洞窟を直線で結んだ最短距離のルート上』だということ。
 見晴らしがよく比較的安全な川べりのルートではなく、障害物とモンスターが山ほど出てくる森のど真ん中を突っ切ってきたのだ。
 あんなオッサンが?たった一人で?

 「カレン、男は油断できない生き物なのよ」
 また脳内の母が語りかけてきた。
 父は…その後ろで鼻血を流し倒れている。
 ああそうだ、エリクのお母さんと内緒で狩りにいった夜の事だ。

 どうでもいい思い出に苦しんでいる暇は無い。
 人間の足跡を追う。
 倒木を蹴り小川を飛び越え、風を起こして藪を切り拓く。
 まだ追いつかない。
 コボルトの矢を結界で弾き返し、巨大蜘蛛の巣の隙間を通り抜ける。
 まだだ。
 食人ウツボカズラの捕食袋を足場代わりに蹴り飛ばし深い森を抜け…
 いや、森を抜ける手前で急停止し音を立てぬよう身を潜め、その先の様子をうかがう。

 森を抜けたその先、ごうごうと水音を轟かせる瀑布の真横、白亜の岩壁にはスケルトンの眼窩のように開かれた洞窟があった。
 その入り口には黒いスーツにもじゃもじゃのアフロ白髪中年。執事長バルガス。
 彼を洞窟内に踏み入らせないよう立ちはだかっているのは、煤けた群青色のプレートアーマーを着込んだ身長6m強の巨人。
 ――――アイアンゴーレム。
 魔力によって稼働する巨大な人形。
 鈍重だが頑丈、従順でタフ、力強く疲れを知らない。
 門番にはもってこいの魔法生物だ。

 バルガスもアイアンゴーレムも私に気付いた様子はないまま会話を継続している。
 「ですから、王女様が御所望の品はこちらで御座います。後は手違い等無きよう当事者同士による確認をですね…」
 
 おいおいおい待て待て待て!
 流石に割って入ろうとするがゴーレムが即座に返答。
 ゴーレムの頭の良さも魔術師の腕の見せ所だ。
 
 「王女カラハ、単ナル生活雑貨ヲ注文シタト聞イテイル」
 がらんどうの兜の奥から声がした。
 別にどこから聞こえても構わないだろうに、こういうところで魔術師というのは拘りを見せるらしい。
 「えっ…」
 戸惑うバルガス。
 まぁそりゃそうだ。うら若き乙女が「下着を注文しました」などと他人に言えるか。母の下着を玄関先に干した父は2日間生死の境を彷徨ったぞ。
 「ソレニ、正式ナ運ビ屋ガ荷物ヲ届ケルコトニナッテイルハズダガ?」 
 そうだそうだ。もっと言えもっと言え!
 「は…運び屋にトラブルが生じたので私が直々に!」
 おいおいおいおいおい!
 「運ビ屋ハ、うっどえるふノ小娘ト聞イテイル、とらぶるノ連絡モコチラデハ受ケテイナイ」
 小娘、という表現に多少カチンと来たがここは我慢だカレン!
 よーしよしよしよしよし!
 ここだ、颯爽と登場するなら今しかない!

 ガササササッ!!

わざと大きめの音を出して茂みから飛び出す。
「!?」
 こちらをチラリと振り返ったバルガスは一瞬狼狽の色を見せたが、すぐに表情を切り替える。
 「はいはいはーい!!私がその運び屋でーーーす!そのおじさんに荷物を盗まれましたー!」
 大きく手を振りその場で軽く跳ねる。
 もうどう考えてもウッドエルフの小娘…娘…小娘である。
 荷物の管理に抜かりがあったことを暴露するのは気が引けるが、ここはこれが最善手だ。
 ―――だが。

 「…オカシイ」
 ゴーレムの一言に私は動きを止める。
 「うっどえるふノ小娘ト聞イテイルガ、うっどえるふニシテハ小サスギル。オカシイ」 

 ――――決めた。
 このガラクタとクソオッサンを叩きのめす!


【続く】

  

 
 
 

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