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【MAGIC】
「おいカメラ!どうなってんだとっとと報告しろ!」
「1000万分の1秒単位で消えてるんですよわかるわけないでしょう!」
「マルチ使ってんだろそれで確認しろや!」
「マルチ使ってそれですよ!まったく同じタイミングでどの角度からも映像から確認できなくなってます、文字どおり消えてんですよコイツぁ」
「ありえるかそんなことが!大学出てんだろテメェ!?GPS!GPSはどうなってる!?」
「右に同じー。やっぱ一緒に反応消えてますよ。追跡も効果ナシ。もう本当に消してるんじゃないっすか?」
「ンなわけあるか馬鹿たれ。X線のスキャンは?」
「だめです、衣服も体内にも隠匿した形跡が見当たりません。お手上げですわ」
「あーもういい!次だ次!次こそしくじるんじゃねえぞ!」
男は脳神経に直結されたバイザー型デバイスを取り外し、電子シガレットを1本加えスイッチを入れる。
深く息を吐き、そして吸う。
種々の精神安定剤が口中を通して脳に素早く届き、男は憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻す。
ケンタウリF44チャンネル、『圧倒!科学のチカラ』ディレクター、ゼーン・G・ロウは焦っていた。
目の前の”それ”を証明できなければこの番組は終わり、彼のテレビマン人生にとっても大きな汚点となるだろう。
「いいか、CM明けたらすぐだぞ!?網膜に何が映っているかまで見逃すなよ!」
ここは星間連絡船ED1860『カンリンマル』メディアルーム。
人類が本格的に宇宙植民を開始したのはどれほど前であったのか、そんなことはもう義務教育でも教えなくなるくらいの遠い昔。
どんな時代であっても、人々が望む『娯楽のカタチ』というのはさほど変化を見せないものだ。
───”偉そうにふんぞり返ってるヤツが痛い目に遭う”という娯楽。
『圧倒!科学のチカラ』は、「科学で解決できないことなど世の中には無い」を番組コンセプトとし、この時代まで生き延びてきた宗教指導者、神職、占い師、心霊現象、UMA、幽霊、妖怪、諺、迷信に至るまで、ありとあらゆるものを最新のテクノロジーで否定・粉砕してきた。
だがたった今、その最新テクノロジーが真っ向から否定されたのである。
どこをどう探しても、例のカードは見当たらない。
ADたちの言うように『消えた』としか考えられないのだ。
ロウの正面、80インチの12K対応巨大モニターに映し出されるのは120mほど離れた同船内の1等イベントホール。
ステージ中央に立つのは燕尾服にシルクハット姿の20~30代と思われる女性。
西暦19~20世紀ごろにこの業種の定番衣装として流行したものらしい。
ショートウルフの銀髪に整った顔立ち、一流モデルのようなスタイル。
ホールを埋め尽くした2000人超の観衆は、誰も彼も次の演目に期待の目を輝かせている。
(何もこんなコトしなくても、これぐらい良い女ならいくらでも良い仕事紹介してやれるんだがなぁ)
ロウがそんなことを考えていると、女がシルクハットを脱ぎ、手にしたステッキでその縁をトントンと叩く。
バサバサバサッ!!
シルクハットから飛び出した2羽の白い鳩がホールの上空を飛び回る。
ロウがマイクの対象を『ALL』に切り替え指示を送ろうとするより早く、各ADより報告が入る。
「さっきと逆です!突然出現してます!兆候は確認できません!」
「分析の結果間違いなく生物です!生物!」
「幻視幻覚の類ではありません映像にも音声にも記録されています!」
「どうなってんだ!!」
「こっちが聞きたいっすよ!」
ロウの怒鳴り声は怒鳴り声で上書きされる。
異世界のイリュージョニスト、『マレナ・ブラッドマリー』
相手の考えているカードを52枚の中から言い当てる。
深さ5mのプールに沈んだ指輪を水面に触れずに取り出す。
施錠溶接されたコンテナに閉じ込められた状態で宇宙空間に放出され帰還する。
【マジック】と称する不思議な芸を売り物にした彼女が大スターになるまで時間はかからなかった。
マジック、すなわち手品、奇術の類は進んだ科学によって次々にタネ・仕掛けが解明されてしまい、娯楽としての魅力はとっくの昔に失われていた。
だが彼女は「私のマジックは真のマジック。すなわち魔法である」と宣い、数々の不可能と思われるトリックに挑戦、これを見事攻略してきた。
タネも仕掛けもない真のマジック、すなわち───”魔法”。
この言葉に『圧倒!科学のチカラ』が噛みつかないわけがなかった。
「世間を騒がせる【魔女】のカラクリを当番組が解き明かします!」
プロデューサーは経営陣とスポンサーの前で勝利を約束し、ロウの目玉が飛び出るようなとんでもない製作費を取り付けてきた。
かくして『圧倒!科学のチカラ』は全銀河に向けての公開記者会見をおこない、マレナ・ブラッドマリーに挑戦状を叩きつけたのである。
彼女はこれを即諾。
マレナが呼び出した鳩はホールの上空を2回ほど旋回したのちに虚空に消え去り、ロウ以下スタッフ一同にはまたひとつ謎が残ることになった。
彼女はステッキをくるくると回しながらステージの端から端へと歩きオーディエンスを煽る。
「皆様、次はなんと、わたくしが呼び出した巨大な蛇が、あろうことか人を丸ごと飲み込んでしまうというマジックでございます!」
(え?今なんて言ったの?)
(人飲み込むって言った?)
(大丈夫なのそんなことして?)
客席がざわつく。
ざわつきはマレナの次の一言でより大きくなった。
「これはお客様に協力していただきたいと思います!もちろん安全は保障いたします。さあ、どなたか!」
だが客席に反応は無い。
巨大な蛇に飲まれるなどごめんこうむる。
誰だってそう考えるだろう。
だが。
最前列にいた1人の男がゆっくりと手を挙げた。
「まあうれしい!どうぞこちらへ!」
満面の笑みを浮かべたマレナが男性を手招きする。
<<ロウさん、本当に大丈夫なんすね?>>
<<大丈夫だ、こんなもんインチキがあるに決まってんだ>>
直前にやり取りをかわした超小型デバイスをポケットに隠し、男性───『圧倒!科学のチカラ』ADはステージへと歩みを進める。
雷竜の年吹雪の月、英雄アドニスによって打ち倒された暗黒の魔女マレナ・ブラッドマリー。
これが、彼女が”こちらの世界”でおこなう最初の殺人となった。
<続く>