カレン・ザ・トランスポーター #20
「はい、それでは斧しめて60本。金貨90枚になります」
ゴーレムのほうがまだ愛想があるような女の店員からずっしりと重い麻袋を受け取る。
――翌日。
私は村長の指定した商店で斧を売り払っていた。
斧1本につき金貨1枚半ってのは相場の2倍近い売値だ。
ま、金銀の斧との交換券と考えればこれでも安すぎるくらいだろう。
1本につき金貨1枚にしてほしかったなーと思いつつ、袋の紐を持ってぐるんぐるんと振り回しながら、ゼナの家に戻る。
「おっちゃん、頼んどいたもの、できてる?」
玄関のドアを開けて工房に向けて呼びかけると、モワッとした空気の向こう側から返事が返ってきた。
「あぁ、カレンさん。こんなものでよければ時間さえくれればもっと作れるよ」
工房から汗ばんだ顔を出したゼナの父ちゃんは、作業台の上にある木箱を指差した。
ちょっとした手槍が収まるくらいの大きさだ。
それを、さっきまで斧が入っていた麻袋に入れる。
入れる...のだが、重い!
頼んだ品が頼んだ品だ。相応に重いことはわかっていたが、これは想像以上だ。
ゼナと父ちゃんの助けを借りて、ようやく麻袋に収めると、瞬間、品物が消えてなくなったかのように袋から重さを感じなくなる。
腕力のない私が60本もの斧を運んでこられたのは、ここに秘密がある。
この魔法の麻袋は、中に入れたものの重さを最大20分の1にまで減少させる効果があるのだ。
まぁ、ギルドのレンタル品なもんで、これを失くしたりしようものなら、むこう半年は最低賃金でこき使われることが確定なんだけども。
「ん、じゃあこれ。宿とご飯、それに品物のぶん」
私は麻袋のほうからジャラジャラと金貨を作業台の上にぶちまけて、丁寧に数えながら並べる。
「…悪い詐欺師が見せ金広げてるみたい...」
戸の陰に体を半分隠しながらゼナが小さな声でつぶやく。
この山村のどこでそんな言葉覚えてきた。
それとも家族や知り合いがそういうのに引っかかったのか。
ちなみに実家の父は人里に行ったときに引っかかり、交易品の売り上げである金貨120枚が『元本保証のほのぼのファンド』に消え去った日から、うちの村では貨幣経済を信用しなくなった。
...っと、これでちょうど40枚。
「ちょ...ちょっと!?流石にこんなには貰えないよ?」
「いやぁ、どうせこれ、必要経費のうちだから」
戸惑うおっちゃんに対し、カジノで親が総取りをかましたときのように、机上に並べた金貨をかき集めて押し付けると、革袋を担いで玄関に向かう。
ドアの前でシューズの紐を締め直す。
「…もう行くの?」
「そうねー」
後ろからの声に背を向けたまま答える。
「それじゃ」
軽く後ろをみやり、片手を上げて外へ。
「どうか、気を付けて」
見送りに出たおっちゃんはやっぱり不安そうな顔。
「大丈夫だって」
少し笑みを浮かべながら、一晩世話になった鍛冶屋の外見を見渡す。
あの泉が見つかる前は、ここでどれだけの斧が作られていたのだろうか。
森に棲むウッドエルフが、木こりの村をあるべき形に戻そうとしているのだから、皮肉なものだ。
鍛冶屋を出たあとは詰め所へ。
「すんませーん」
挨拶しながらドアを開ける。
真新しいセンネンスギのカウンターに、中年の受付がひとり。
ボーっと頬杖をついていたその男の眼前、カウンター上にずっしりと金貨の入った袋を叩きつける。
「保釈金を払いにきたんだけど」
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村の食堂。
想像以上にマズいシチューをイラつきながらスプーンでかき混ぜてる私の真正面では、スキンヘッドに髭面、プレートメイルの大男が大笑いしながら猪肉とレタスのサンドイッチ、その5皿目に手を付けたところだ。
ちなみに保釈金は金貨40枚なり。
「いやー、どこの誰だか存ぜぬが助かり申したわ!」
このセリフ、実は3度目だ。
だから私の自己紹介も3度目になる。
「カレン・キューピッチって言ってるでしょ。ランパードさん」
私がランパードと呼んだこのオッサンこそ、私が村に入る際に目撃した捕物劇の当事者で、おそらくは泉の効果を直に確認している人物だ。
皿の上にあったサンドイッチがキレイさっぱり無くなった。
「さてランパードさん、本題なんだけど」
表情を変えぬまま淡々と切り出す。
「泉について、であるな?」