ゲリラ監査役 青海苔のりこ #5
都市部郊外のリゾートホテル。セレモニーホール内。
そこに響くのはフォーマルな装いに身を包んだ男女100人余りによる割れんばかりの拍手。
そう、ここは結婚披露宴会場なのだ。
「それでは新郎新婦ご入場です!」
司会者の声と共に会場の扉が開き、幸せいっぱいな笑顔の新郎新婦が姿を現すと、拍手は一層大きくなり、祝福のオーラがあたりを包む。
会場に流れるのは恋愛ソングの大御所、ランキング1位独占の女帝、ミリオンヒットメーカーなど数々の異名を持つ女性シンガーソングファイター『鯉中こじれ」による大ヒットナンバー『あなたとあの女を殺して私は死なない』だ!
新郎新婦が周囲に手を振りながら笑顔で壇上に上がろうとしたそのときだ!
「ケーッケッケッケケケケケ!流した!流したでゲスね!はっきりとこの耳で聞いたでゲスよ!?」
突然立ち上がったのは新郎の上司、経理部課長の蒸理徹(むしり とおる)52歳独身!
190㎝の長身に50㎏の細身で、ついたあだ名は「ナナフシおじさん」。
「ちょ...どうしたんスか課長!」
「すみませんこのひとちょっと酔っちゃってて...ほら課長座って!」
同卓の出席者、新郎の同僚2人が蒸理を止めようとするが、蒸理は長い手足を振り回してこれを払い除け、卓上のビール瓶を左右それぞれの手で掴んで邪魔者の頭部を殴打!
「イデーーーッ!」 「グババァ!」
ともに失神!
驚きのあまり反応できない周囲を尻目に、蒸理はツカツカと司会者席に歩み寄り、ムエタイ式の前蹴りで司会者を蹴り飛ばすとマイクを奪うと、乱れたバーコード髪を整え、メガネをクイッとしてからこう言い放った。
「私はGESRACのものでゲス。只今流された音楽の使用料を頂きゲス」
「GESRACだと...!?」
「まさかあの...」
「え?なんかの演出なん?」
「まさか当ホテルにも魔の手が...」
「黄昏よりも昏きもの...血の流れよりも紅きもの...」
会場動揺!
GESRACは楽曲の権利とかあれとかそのあたりとかを管理する団体であり、何かというと使用料を請求する国の公的機関なのだ!
著作権者ファースト!すばらしい理念!
蒸理は言葉を続ける。
「ゲーゲッゲッスッス!!ご静粛に。使用料として1万5000円をいただきゲス。ご用意を」
高笑いする蒸理の背後からホテル従業員が襲い掛かる!
2m245㎏の巨漢!元新体操部だ!
「お客様ちょっとこちらへ―ーーーーッ!!」
巨体から強烈なショルダータックルが繰り出される!
彼はこのショルダータックルで安眠を妨げる珍走団や爆死報告ツイにクソリプ送る人非人、有名人の訃報に「誰?」とツイートしないと生きていけない畜生、黒板の日直のところにいちいち相合傘描かないと気が済まないクソガキなど計2000人を殺めてきたのだ!
その破壊力は高さ4mから重さ1トンの岩を落としたときの衝撃に匹敵する!
当たれば一撃必殺の体当たりが背後十数㎝に迫ったそのときだ!
「ふん!」
蒸理はラジオ体操めいて上体を大きく後ろに反らす!
ガツーーーーン!!!
蒸理と突撃従業員の頭部が激突!
高さ1mから重さ4トンの岩を落としたときの衝撃に匹敵するというナナフシヘッドバット!!
背骨の7か所に可動ポイントがあるといわれる蒸理ならではの魔技!
「げぼふっ!!!」
従業員の頭部が裂け鮮血が噴き出す!失神!
「キャーッ!」
「こいつやべぇ」
「え?マジで演出じゃないん?」
「時の流れに埋もれし偉大なる汝の名において...」
会場さらに大混乱!
バタン!
職員通用口のドアが乱暴に開かれると、立派なスーツの白髪壮年男性があわてて封筒を手に蒸理へと駆け寄る!
胸のプレートには「支配人」の文字!つまりこのホテルの支配者だ!
「お仕事お疲れ様でございます。どうか本日はこのへんで...」
自身へと差し出された封筒の中身を改める蒸理、中には万札が2枚!
要求された1万5000円に色を付けてなんとか事を荒立てずに引き取ってもらおうという支配人の処世術だ!
5000円あれば結構いろんなことができる!
魑魅魍魎が跋扈し生き馬の目を抜くこのホテルで屍山血河を築きながら頂点に立ったのだ、つまらぬスキャンダルで身を亡ぼすわけにはいかぬ!
しかし、蒸理は嫌味ったらしくたった2枚の札を何度も数え直すと
「足りませんなぁ」
と言い放ったのである。
「えっ」
一瞬たじろぐ支配人であったが彼もひとかどのホテル強者だ。
すぐに自身の財布から1万円札を取り出し封筒に添えると蒸理の手を両手で包むように握り込んで詫びを入れた。
「これは失礼いたしました。」
ここで「これで足りるか」などと聞かないのが礼儀である。
あからさまなやりとりは相手の気分を害してしまうのだ。
なお「オイ曲を使ったな金よこせ」があからさまかどうかはこの際関係が無い。
「私が半分をもらうので今度から倍額になりました」系の無茶な要求にも応える見事なジバラ・カッティング・マネージメント!
1万5000円あればなんかこう結構な贅沢とかできる!
しかし、さらにしかしだ!
次の蒸理の一言が場を凍らす!
「足りませんねえ」
「エッ」
歯科医で治療を受ける患者のようにあんぐりと口を開けたままの支配人に対し、蒸理はナナフシめいた声で追撃する。
「出席者1人につき1万5000円です」
なんたることか!この金の亡者は楽曲使用に一切関係ない出席者からも使用料を徴収し、フィリピンパブのお気に入り嬢にブランドもののハンドバッグを貢ごうとしているのだ!
あまりの驚きに腰を抜かした支配人を一瞥すると、銭ゲバナナフシおじさんは再びマイクの前に立つ。
「ゲーッスッスッス!楽曲使用料として出席者おひとり様につき1万5000円を頂きゲス!ご祝儀を弾んだせいで持ち合わせの少ない貧乏人のためにATMもご用意したでゲスよ!」
とても公的機関とは思えない物言い!
マイクを握りながら蒸理は会場の一角を人差し指で指し示した。
ライトに照らされたそこに佇むのはまさしく現金自動預払機、その名はATM!
用意周到!社会人の鑑!
あまりに急な展開と凄惨な暴力に出席者の思考能力も鈍化!
財布の中身を確かめたり、ATMに向かおうとする者もいる始末!
そんな中、会場片隅のテーブルがにわかにざわつく。
「は?そんなん聞いてねーし!何おっさんフザケてんの?」
やおら立ちあがり肩をいからせて蒸理に近づくのは新婦の後輩。
「タイマンじゃあ負けたことねーんスよww」が口癖の竹丸くんだ!
「俺がこの会場にいたことがアンタの不運”Hard-Luck”さ...」
竹丸くんが右腕を顔の高さまで上げてから一気に振り下ろすと、その掌内に隠されていたスライド式警棒が展開する!
「なかなかイカすじゃん 母上、俺にもあれ買ってくれよ!」
新婦の姪っ子も大興奮だ!
「死ねや”Dead-Arrow”----------ッ!!!」
数学の担任、バイト先の上司、アボ子、刑務官、そして数学の担任を葬ってきた必殺の一撃が蒸理の脳天目掛け振り下ろされる!
だが致命の一撃が功を成すことはなかった。
その直前、蒸理の両掌が警棒をしっかりと挟み込んでいたからである。
────真剣白羽取り。
無刀の奥義と言われたこの神業も、ナナフシ動体視力をもってすれば造作もないことであった。
「ぬぐッ! オラぁ! ふんやっは!」
竹丸くんがどれだけ力を入れても警棒はビクともしない!
竹丸くんの判断は早い。
即座に手を離し警棒を諦めると、会場の椅子を踏み台にして跳躍!
空中で体を地面と水平になるまで横に倒すと、捻りを加えながら伸ばした右脚を叩きつけんとする!
これぞ4年にわたる学年主任との戦いに決着をつけた彼最大の必殺技、フライニングニールキックだ!
この恐るべき大技を目の当たりにしても蒸理は動じず!
「ゲッスッスー!」
司会席のマイク台を踏み台にしこれまた跳躍!
その高さ竹丸くんの2倍! 天井に頭をかすめ頭髪が舞う!
「”!?”」
回避され動揺を隠せぬ竹丸くん!
その顔面をホッピングマシーンめいて蒸理の両足が踏み抜いた!
「ぐベボっ!!」
竹丸くんの短い悲鳴!
そのまま着地!
足と床にサンドイッチされ頭部上半分が潰滅粉砕!
脳漿と血が飛び散る!
「不運”HardLuck”と踊っちまったのは俺の方か…」
竹丸くんは小さくつぶやくと失神!戦闘不能!
「ゲーーゲッゲススッスッス!これでもう邪魔者はいないでゲスか?それでは本日の主役さんからまずは頂くのでゲス!」
新郎新婦席に顔を向けると恐怖の宣告!
「新婦さん逃げてッ!」
新婦に近づく蒸理の前に新郎が立ちはだかる!
「ああ新郎さんッ!」
手を伸ばしながら新郎を案ずる新婦を父親が会場の外へ連れ出す!
ぶっちゃけ娘が無事ならそれでいい! 親子愛!
「ゲーッゲッゲ!出さないというのなら無理矢理にでも頂くでゲス!権利!」
蒸理が新郎に襲い掛かろうとしたそのときだ!
GYUUUUUUUUUUUUUUUUUNNNNNNNNNNNN!!!!!
魂を震え上がらせるような重低音ギターの音色!
「な...なんでゲスか!?」
会場の照明が落とされる!
次の瞬間、新郎新婦がいた席に眩いスポットライト!
光の中に人影!
それは20代くらいの細身の女性だった。
光を反射して輝くブロンドの髪はポニーテールにまとめられ、健康的な褐色の肌をOLめいたスーツで包んでいる。
首に巻いたタオルはスカーフめいて風もないのにはためき、「A・NORIKO」の文字が揺れる!
女は手にしたスタンドマイクを360°、円を描くように振り回すと、呆気に取られている蒸理をびしっと指差し、まるで冬の日本海のような冷たい声で言った。
「ゲリラってるかーい!?」
「???」
蒸理はさらに混乱!無理もない!
女性はもう一度スタンドマイクを振り回し、今度はポーズを決めて口を開く。
「本日付けでGESRAC外部監査役に就任しました青海苔のりこでーーす!ヨロシk」
キーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
マイクの音割れだ!
耳を押さえながら蒸理が怒鳴る!
「外部監査役ゲスって?そんな話は上から聞いてないでゲスよ!」
耳を押さえながらのりこも答える!
「貴方たちが知る必要はありません。なぜならゲリラだからです!」
「ぐぬぬ.........」
ゲリラが勝手に就任するのは当然で、蒸理に反論の余地はない!
キーーーーーーーーーーーーーン!!
再びの音割れ!
耳を押さえながら蒸理が尋ねる。
「それでその監査役様が何の御用ゲスかねぇ!?あとマイクの電源切るでゲスよ!」
のりこはマイクの電源を切り、胸ポケットから1枚の紙片を取り出すと、今しがた電源を切ったはずのマイクに向けて紙片の内容を読み上げた。
「フィリピンパブの女性に50万円のネックレス購入」
「妻の浮気調査のため興信所に100万円」
「高級焼肉ウィークと称し1週間で78万円」
「競馬、競輪、競艇に350万円」
「家族全員のグァム旅行に470万円」
「不倫相手に5000万円のマンション購入」
「ソシャゲに課金80万円 ピックアップ引けずSSRもゼロ」
蒸理の公金横領、その数々が白日の下に晒される!
「何か釈明はありますか運ナシ玉ナシ野郎」
「ぐぬぬぬ......」
「ゲスーーーーーッ!」
蒸理は司会席のマイクをのりこに投擲!マッハ2!
のりここれをスウェー回避!マッハ3!
「監査役に抵抗は無意味です。抵抗しなくても無意味です」
非情!
「こうなれば貴様を倒しマンションとか売却して、闇ブローカーを通じて海外に逃亡してくれるでゲス!」
わかりやすいプランを説明しながら、逆上した蒸理がのりこへ襲い掛かる!
のりことの距離が約2mの地点で蒸理は体全体をつんのめるように前に倒した。
前転の勢いを利用して踵を打ち付ける骨法の技「浴びせ蹴り」だ!
だがのりこは元禄からくり人形のような無表情を崩さず、振り下ろされる蒸理の左足踵を左手一本でキャッチ!そのまま内側にひねる!
ごきゅり。
変な音!つまり骨折!
「あ”-------!!!」
蒸理は激痛に耐えもう一方の足でのりこをカタパルトめいて蹴り飛び距離を取る!
「私は月28万円を頂いてこの仕事をしています。お金を頂いているのでいわばプロです。プロのゲリラなので慈愛がありません」
電源を切ったはずのマイクに、その前方にいる蒸理に、冷たい声が伝えられる。
プロの監査役ではなくプロのゲリラだ、もはや職業軍人なのでは?
蒸理は激痛に耐え立ち上がると、両の腕、そして指先を床と水平になるようにまっすぐ伸ばし、竹トンボめいて高速回転!
その回数は実に1分間に600超!これぞGESRAC秘奥義『バズソーチョップ』だ!
小型の殺人竜巻と化した蒸理が徐々にのりこへと迫る!
だがプロのゲリラはうろたえない!
パイプ椅子をむんずと掴み猛然と踏み出すと、チョップの届かない足元、それも先ほど折った左足の踵を目掛け水平投擲!
がつん。
地味な音とともにHIT!
絵にはならないがダメージは強烈だ!
「あ”----っ! あ”----っ!」 転倒そして悶絶!
「あなたの資産は全て現金化し国庫に返納した上で著作権者に平等に分配します。プロのゲリラなので躊躇がありません」
途轍もなく冷え切った声。
やはりプロの監査役ではないのか!
(なんだ…なんだこの感覚は…)
蒸理は狼狽していた。
遠い過去。記憶の奥底。彼がまだ使命に燃える団体職員だった頃の感覚。
嫁の実家に初めて挨拶に行ったときのことが脳裏に浮かぶ。
使用料徴収の絶対的エースとなって以来、久しく得られなかった感情だ。
(そうだ、これは恐怖だ!)
「オアアアアアアーーーーーーッ!」
蒸理はブリッジの体勢から両足を曲げ、ハンドスプリングめいて腕の力のみで跳躍、ライダー・トビゲリで眼前の恐怖を仕留めんとす!
だがのりこは先ほどと全く同じ。冷静そのもの。
スタンドマイクを持って半身に構え、フラミンゴめいて片足立ちし迎え撃つ構え!
「ティナーーーーーーーー!!!!!」
お気に入りのフィリピンパブ嬢の名を叫びながら飛来する蒸理に対し、のりこは無言でスタンドマイクを真横に振りぬいた。
CRAAAAAAAAAAAAACKKKKK!!
スタンドマイクの直撃を受け床と水平にすっ飛ぶ蒸理!
やったねパパ明日はホームランだ!
「ギョバアアアアアアア!!!」
打ち据えられた蒸理の眼が最後に捉えたのは、彼自身が用意したATMであった!
BAGOOOOOOOOONN!!!
ATM直撃!! 粉砕! 硬貨が転がり紙幣が舞う!
「「「金だァーーーッ!!!」」」
すでに動かない蒸理を踏みつけながら来場客が群がる!
「どけっ!」
いつの間にか戻ってきた新婦も新郎を跳ねのける!
大混乱の中、会場から1台の軽トラックが走り去っていた。
運転席の女は窓を開けブロンドのポニーテールを風になびかせる。
~♪
車内から聞こえる歌声は爆音皇帝、地獄のシルバーコレクターなど数々の異名を誇るメタルバンド『生じゃこ』のヒットナンバー『もち巾着』だ。
BEEEEP! BEEP! BEEPbeep! BEEEEEEP!!!
激しいクラクションの音!
軽トラックの真横にポルシェ・カイエンが横付けされる!
その運転席にはスーツ姿の中年男性!
パワーウインドウが開き、並走したままのりこへ語り掛ける!
「こんにちは!GESRACの者です!使用料を!」
ブロンドの女は僅かに口元をゆがめた。
あたりが来たときの釣り人のように。
【おわり】