
カレン・ザ・トランスポーター #10
――――――決めた。
この鉄クズとおっさんをブチのめして、さっさと仕事を終えて帰る。
「…風よ」
私が小さく呟くと目の前に小さなつむじ風が巻き起こる。
精霊魔法は地水火風その他諸々の精霊の力を借りるものであり、いわばコミニュケーション能力が大事となる魔法だ。
慣れぬうちは「あっ精霊さんお願いですから来て下さいよ。来たあとは炎とか出して目の前のあいつとあいつのところにまっすぐ飛んでいって焼いてくれると嬉しいなって思うんですよね。やってくれますかね?」
みたいな詠唱が必要になるが、意思疎通が上手くいってくると
「あれ頼むわ」
で通じるようになる。
私はそれほど才能のあるシャーマンではなかったが、使う魔法の種類を限定し、契約もシルフ専門なので大抵のことは最小限で伝わるのだ。
さて、精霊使いがこんなことをすれば当然周囲も黙ってはいない。
ゴーレムは無言で腰を低く落とし、構える。
オッサンこと執事長バルガスは…どさくさ紛れに洞窟へとダッシュ…できなかった。
ゴーレムの左ストレートが鼻先僅か10センチのところをかすめていったからだ。
「…荷物ノ中身モ違ウ。持ッテクル人物モ違ウ。貴様ラハ運ビ屋ノ振リヲシタ特殊部隊ナノダロウ… ダガ此処ハ通サヌゾ…」
「トランクに高級女性用下着詰め込んだ特殊部隊とか居て堪るかぁーッ!!」
心の底からの叫びと同時に手のひらを前にかざし、つむじ風を前進させるが、ゴーレムはその重量と装甲でビクともせずにつむじ風を受けきってみせた。
「コノヨウナ小細工ガ効クトデモ思ッタカ…!」
もちろん、こんなものが通用するとは毛ほどにも思っちゃいない。
―――しかしだ。
カン! カン! カンカン! カン! カンカン!
つむじ風は河原の小石を巻き上げ、つぶてのようにその巨体へ叩きつけていく。
「…ヌオオオオオ!」
その隙にまた洞窟に向かったバルガスだったが、同じように蹴りで牽制される。
「おいキミ、何をやってるんだ!全然効いて…ムッ?」
クソ中年の声が届くころには、私はすでに走り始めていた。
ゴーレムが小石に気を取られているうちに全力ダッシュで近づき、ギリギリの距離で自身に張った風の結界を解き放つ!
「馬車が急に止まると乗っている自分がつんのめる」ことからこの技を発見したことを斡旋所の受付嬢に話したら
「それ、みんな知ってることですよ」
と言われたときのやるせない気持ちとかが毎回こもる私の必殺技で、そういう経緯からなんか名前を付けるのも恥ずかしくなっているのだが、威力だけは保証できる、そんな技だ。
今回ももちろんクリーンヒットし、バシュン!という炸裂音と共に群青の胸部装甲に凹みが生じる!
だが倒れない!十分な距離と速度が稼げなかったか!?
反撃の巨大な右拳が襲いかかる!
バックステップしてかわし、坂道を駆けあがるように右前腕から上腕へ、上腕から肩口へと駆け上がっていく。
左側の手足はちょろまかしているバルガスへの牽制に忙しい。
私はゴーレムの頭部真横まで接近すると両ひざを抱え込むようにして前宙、その勢いのまま両足での踵落としをお見舞いする!
しかし特製の金具で覆われた私のブーツは兜の表面をかするに留まった。
入りが浅い。距離を見誤ったか!? いや違う。
ゴーレムが頭部を後ろに反らしていたのだ。
見かけによらず、素早い…!!
そしてこの行動は単なる回避のためのものだけではなかった。
反らした頭部が物凄い早さで戻ってくる!
体勢を崩したところへの強烈な頭突きだ!
「かz」
腕を十字にクロスして防御態勢を取り再び風の結界を張ろうとするが僅かに間に合わない!
「ヤバッ・・・!!」
SMAAASSSHHHH!!
頭突きを受け河原に叩きつけられる。
何とか受け身を取ったものの、ガードした左腕が灼けるように熱く、痛い。おそらくヒビくらいは余裕で入っているだろう。
ゴーレムは私への対処の隙に襲いかかったであろうバルガスとやり合っている。
あのおっさん、短めの杖であのデカブツの重撃をなんとか捌いている。
スゴイけどそれきっと執事長が求められている強さじゃない。
そして、やはりガード越しに伝わってくる圧力に負け、そのスゴイ執事長も私のすぐそばに吹っ飛ばされてきた。
「…大丈夫?トランク返す?」
「…大丈夫だがこれは返さんぞ」
盗人猛々しいにもほどがあるが、私達2人は次の瞬間、ほぼ同じ言葉を発していた。
「ねぇ、提案があるんだけどさ」
「おい、提案があるんじゃが」
【続く】