
カレン・ザ・トランスポーター #15
60本もの斧を入れた革袋を背に、私は『導きの森』を歩いている。
足元の街道は丁寧に敷き詰められた石で舗装されており、左右にどこまでも続くセンネンスギの幹がなければ、ここが何処なのかを忘れてしまいそうになる。
『導きの森』は百数十年前、当時ここいらに住み着いていた邪悪な火竜を退治に向かった英雄一行がこの森に踏み入った際、一匹の妖精が道案内をしたことから命名されたと言われている。
しかし元々ここはセンネンスギの植林地で、この街道も200年以上前から存在していたことが明らかになっており、どこをどう考えても英雄一行が迷う要素など見当たらないのだが、まぁ『英雄が通った林』では格好もつかないためそのままになっているらしい。
「お嬢さん、一人旅かい? 気をつけてな」
進行方向からやってきたレザーアーマーの男性が声をかけてきた。
右の上腕部に草色の腕章。
『導きの森』自警団の証なんだそうだ。
軽く微笑んで会釈をしすれ違う。
街道の要所要所には自警団の監視小屋が建てられており、治安は極めて高く保たれている…ように見える。
が、不自然なほどにピッカピカ新品の装備をした団員が多い。
つまり、新規に雇っているということだ。
こう言っては失礼だが、単なる木こりの集落に過ぎなかった一つの山村がここまで投資できるようになったのには当然原因がある。
その原因がこれから向か...
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
「だから誤解だと言っておろうに!」
怒声と共に街道右わきの林から飛び出してきたのは全身をチェインメイルで覆った偉丈夫だ。
身の丈は2m近いだろう。横幅もがっしりしてる。
......別に羨ましくはない。
手足を生やした銀色のワイン瓶が動いてるような、そんな感じ。
胸にぶら下げている聖印は、彼が正規の神官であることを告げている。
スキンヘッドに口ひげというスタイルはウッドエルフの集落では見たこともないが、経験上、人間の年齢で40歳くらいだろうと思われる。
つまりオッサンだ。
そのオッサンは私を一瞥するとすぐに自身が現れた林のほうに振り返り、手にしたタワーシールドをガキン!と石畳に突き刺すように構えて追手らしき存在に備えようとする。
…石と金属がぶつかって鳴る音って耳にこう、くるんでやめてもらっていいっすか。
ガサササササッ!
そんなことを思っていると再び右手から草木の揺れる音が聞こえ、レザーアーマーにショートソード装備の男性5名ほどが姿を現す。
全員、草色の腕章をしている。
「おとなしく詰め所まで来てもらおうか」
隊列中央の男がオッサンに呼びかける。
「断る!吾輩は神に誓って罪など犯しておらぬ!」
盾を構えたままオッサンが答える。
「ええい!ならば仕方ない、行けッ!」
中央男の号令一下、他の4名が斬りかかる!
しかし、その刃がオッサンに届くことはなかった。
何事かをつぶやいたオッサンの体は白く発光し、自警団員の斬撃、そのことごとくを寸前で食い止めていたのである。
「ぬははははは!これぞドルエン流の奇跡!もはや誰も吾輩を傷つけられぬ!」
オッサンが高笑いをする。
ドルエンというのは商取引や交渉を司る神で、あまりエルフには信仰されていないが、あのずんぐりむっくりドワーフどもには比較的人気の高い神様だ。
なるほど、このオッサンはそこの神官戦士だったというわけか。
「ぬはははは!攻撃こそ最大の防御?何を言うか!防御こそ最大の防御に決まっておろう!ぬはははは!」
偉そうなことを言ってるが、このまま逃げないところを見るとこの魔法、発動中は移動できないっぽい。
そして、高笑いしながら白く光るスキンヘッドのオッサンとそれを取り囲む自警団という絵面が出来上がった。
――あ、モンシロチョウだ。
そのまま5分ほど経過したのち、何かを思いついたような表情になった団員たちは、ロープを手にするとオッサンににじり寄っていく。
「ちょ...ちょっと待ちたまえそれは少しばかり卑怯ではないかね!?」
ロープでがんじがらめにされたオッサンは白く光ったまま、丸太担ぎのように運ばれていく。
その腰には金色と銀色、2本のメイスが提げられていた。
【つづく】