AIプロトタイピング短篇小説②サイドストーリー
見知らぬ君から花束を
柴田勝家
漫画家という職業にとって、やっぱり〝ポシブル〟は便利だ。
なにせ向こうから、勝手にネタを拾ってきてくれる。私の分身たる〝ジェーミン〟は、私がタブレットに向かってペンを走らせている最中も、それこそ漫画みたいな経験をし、自分のこととして記憶してくれる。
先に断っておくけど、もちろん〝ポシブル〟での出来事をそのまま漫画にはしない。シナリオ型の経験は作者がいるし、それをパクって発表なんてしちゃいけない。参考にするのはリアルな人間関係や、感情の動きから来るドラマとか。
この辺は本当に助かってる。
「だってさぁ、私、リアルの友達とか全然いないもんね~」
これは自室での独り言。時刻は深夜の午前二時。電灯もつけず、机にかじりついて、つけっぱなしのディスプレイを横目に、ひたすらに漫画を描いている。
「本当に〝ポシブル〟さまさまだよ~! 人付き合いとか無理無理無理の無理ノ助だってば。私みたいな人間が創作のヒントをもらえるのも、君たちのおかげだよ~」
私はディスプレイに視線を送る。ちょうど〝ポシブル〟を鑑賞モードで起動中だ。画面には光に照らされたステージと、歓声を上げる大勢の観客、そして華麗な衣装を着て、歌い、踊る者たちが映っている。
私の〝ジェーミン〟は今、男性アイドルの一人として仲間と共にライブを披露している。
「カッコいいねぇ、カッコいいねぇ! カナタ君も、キララ君もいいし、なによりユウダイ君がいいねぇ!」
数日前に次回作をアイドル物にしようと思ってから、自分で〝ジェーミン〟の趣味を少しばかりイジった。すると予想通り、私の分身はアイドルに興味のある他人の〝ジェーミン〟と交流し、私の知らないところでアイドルグループを結成した。
「私みたいな人間には夢の舞台だよぉ。こんな大勢の前で歌って踊るなんてできないしね~」
ふと思い立って、ディスプレイに映った〝ジェーミン〟の動きを真似してみる。歌は自信がないけど、踊りの振り付けくらいなら私にもできる。
「この経験も、後でVRグラス使って見たいなぁ」
そうして独り言と、たどたどしいダンスを披露していると、突如として部屋のドアが開けられた。
「お姉、うるさいよ!」
げ、と振り向けば、ドア横に妹のシユが立っていた。
「また変な小躍りしてる。何時だと思ってんのさ」
「シユちゃん、ごめんね~。大人しくしまぁす」
「もう、早く寝なよ。おやすみ」
気遣いのできる妹は、姉の恥ずかしい姿には何も言わず、そそくさと去っていった。残された私は何かを誤魔化すように、ディスプレイの中で踊る〝ジェーミン〟に視線をやった。
「ったく、なにやってんだか。ほら、俺がやってやるよ」
画面の向こうでは、私の分身が仲間たちを力強く励ましていた。みんなに慕われる兄貴系アイドル。ある意味では私から最も遠い性格をした、もう一人の〝私〟だ。
「私も君みたいになりたいなぁ。ねぇ、ルキ君」
※
妹のシユとは二人暮らし中だ。
東京の高校に通うことになった妹が、先に上京していた私の家に住むことにしたのだ。でも、全然イヤじゃない。八つも歳が離れた妹だから、昔から喧嘩もせずに仲良く過ごしてきた。
何より自慢の妹だ。
人付き合いが苦手で、出不精で、ほとんどスウェット姿で過ごす私とは違って、シユは昔から皆の人気者で、誘われればすぐに遊びに行って、服もオシャレだ。
そして流行のものが大好きなシユは、当然のように、私より早く〝ポシブル〟に参加していた。かくいう私も妹から勧められて、最初は流されるまま〝ポシブル〟に登録したクチだ。
シユは〝ジェーミン〟を通じて、数千人規模の人々と交流している。それもAI任せにせず、自分自身で友人を選んで、きちんと〝ライブ〟で言葉を交わしているという。だから学校から帰ってきて、夕飯の時間までずっと、彼女は〝ポシブル〟にログインして過ごしている。
「少しはお姉ちゃんとも遊んで欲しいなぁ、なんて」
なんていうのは、夕飯時の私のグチだ。
すると優しい妹は「仕方ないなぁ」と言いつつも、一緒にゲームなんかで遊んでくれる。いつもなら、シユが寝る一時間前くらいまでは付き合ってくれるのだ。
でも、この日は違かった。
「シユちゃん?」
私がさっきの一言をシユに告げても、彼女は何も答えてくれず、気難しい顔で夕食のサバの味噌煮を見下ろしていた。
「どしたの、シユちゃん?」
「喧嘩した」
「誰と~?」
軽い調子で尋ねてみたけど、どうやら失敗だったらしい。妹は今にも泣き出しそうな顔で、辛そうに唇を噛んでいた。
「そこそこ、大事な友達」
あれだけ交友関係の広いシユが、そこまで言うからには余程の相手なのだろう。思わず両手をテーブルについて、身を乗り出してしまった。
「か……」
「彼氏じゃないから! 〝ポシブル〟の友達、女の子!」
安心したけど、安心できない。
いくら〝ポシブル〟内での出来事とはいえ、シユが友達と喧嘩したのは事実なのだ。
「やり直そうかな」
妹がボソッと呟く。
「やり直す、って。もしかして〝ポシブル〟で喧嘩したとこをリピートして?」
「うん。私が変にからかっちゃったから。なかったことにしたい」
うーん、と私は唸りつつ腕を組む。否定も肯定もできない。
改めて考えても、妹の悩みに姉として全くアドバイスできないのだ。何が正しいのかもわからない。友達の多い彼女の悩みを、どうして友達のいない自分が解決できようか。
「シユちゃん、もちょっと考えよ?」
だから私は問題を先延ばしにした。
※
私が〝ポシブル〟を利用するようになって、少しは成長したな、と思うこともある。
「最近の子って、ホントに凄いね」
こうして喋っているのは、私の〝ジェーミン〟たるルキだけど、最近はVRグラスをつけて〝ライブ〟をするようになった。私の言った言葉が、リアルタイムで補正され、低い男性の声となって出力されている。
「僕やルキも若いだろう?」
「はは、そりゃそうだ。オジさん臭くなっちまったな」
私の話し相手になってくれているのは、同じアイドルグループに所属しているユウダイだ。どうやら〝ジェーミン〟同士の趣味が合ったらしく、他のメンバーよりも様々な場面で一緒になった。
今だって、二人で薄暗い洞窟を歩いている。これも〝ポシブル〟が用意してくれた空間で、今はRPGタイプのシナリオに挑戦中だ。
「ま、ユウダイもたまにオジさん臭いけどな」
人付き合いが苦手だった私でも、相手がAIだと思えば自然と喋れる。というのも、このユウダイの中の人は、ほとんど〝ジェーミン〟を放置しているからだ。
私もシユから教えてもらったけど、この〝ポシブル〟では「今ここにいるのはAIではないよ、人間だよ」と表明するために、課金アイテムとして〝花〟を贈るのだ。それがユウダイは〝花〟を贈ってきた試しがない。
「ユウダイと知り合えて良かったよ、なんでも話せる気がする」
私は理想の自分であるルキになりきった。ユウダイを練習相手にして、喋り方や振る舞いを学んでいった。
「お前もなんでも話せよ。いくらでも聞いてやるからさ」
ルキが歯を見せて笑えば、私もそれに合わせて口を開く。
こうして自信をつけて、もう一度、シユの悩みを聞いてあげよう。ルキのような「頼れる兄貴」になるのだ。実際には姉貴だけど。
そんな訓練を続けていた、ある日のこと。
「少し、相談があるんだ」
ユウダイと二人で釣りを楽しんでいると、不意に彼が話しかけてきた。なんと知り合いが喧嘩したという。最初はサジェストされた話題を〝ジェーミン〟が勝手に話しているのかと思ったけど、やけに反応が生々しい。
もしかして、今のユウダイには中の人がいるのかも。別に〝花〟は贈られてないけど、リアルタイムで〝ライブ〟しているのだろうか。
「なるほどなぁ。お、引いてる」
これまでAIだと思っていた相手が、人間として向こうに存在している。そう思うと緊張してきた。だから、釣った魚を処理して何とか気を紛らわす。
でも、そろそろ覚悟しなくちゃいけない。
何と言っても、今のユウダイは私と同じなのだ。身近な人から相談されたが、どうアドバイスすべきか悩んでいるという。ユウダイの悩みに答えてこそ、私も妹に答えられるというのものだ。
「たとえば、最近の子がやってる方法なんだけど」
ただ自信がなかったから、まずは妹から教えてもらった方法を伝えた。
※
あの日、ユウダイとの会話では予想外に自分を出してしまった。
確かにルキはなりたい自分だった。でも、どこかで「自分はこんな風にはなれない」と諦めていた。
それが、どうも違ったらしい。
「今でも人付き合いは苦手だけどさぁ、少しは自信がついたよぉ。意外と私の言葉も聞いてもらえるんだね~」
午前二時、今日も一人で漫画を描く。新作漫画の主人公は、自分を出せないオドオドした女の子。それが幽霊となり、人気の男性アイドルに憑依してしまうのだ。
「盛り上がってきたねぇ、どんどん描けそうだねぇ!」
などと、ペンを振りつつ盛り上がっていると、
「お姉!」
バン、と部屋のドアが勢いよく開かれる。振り返れば、そこに呆れ顔のシユがいる。
「あ、シユちゃん、うるさかった?」
「ううん、違う」
どうにも妹の顔が明るい。何か良いことがあったようだ。
「前に話した喧嘩した子、さっき仲直りできた」
「あやや~、そうなのぉ」
私が心配してたからか、わざわざ報告に来てくれたのだ。とはいえ本当なら、姉として私が相談に乗ってあげたかったところだ。
「でもまぁ、良かったよ~」
シユが明るく楽しく過ごしてくれるのが一番だ。それに、今後も何かあれば相談されるはず。その時こそ、ちゃんと答えてあげたい。
「う~ん?」
ふと、私は変な想像をした。
たとえば、シユが喧嘩した相手こそ、ユウダイの知り合いだったとしたら。私のアドバイスはユウダイに届き、ユウダイのアドバイスが知り合いに届き、知り合いからシユに届いたとしたら。
「ま、ないない」
そんな漫画みたいなことが、現実で起こるはずはないのだ。
〈了〉