中田英寿が描く社会貢献のあり方。「楽しくてカッコ良いものに」
「スポーツの力」を活用して社会課題に対する関心を高め、社会貢献活動の輪を広げることで社会課題の解決を目指す。
こういった思いのもと、2017年にHEROsは立ち上がりました。今年で5年目を迎えるこのプロジェクトの発起人は、元サッカー日本代表の中田英寿氏です。
なぜ、社会貢献活動を表彰される場や、アスリートが競技外の活動の幅を広げられる場を作ろうと考えたのか。スポーツ選手の価値や可能性、そして“社会貢献”とは。
中田さんにHEROs設立の経緯や背景にある思いについて、語っていただきました。
(取材日 9月17日)
メッシの財団の活動を、ほとんどの人が知らない
元々プロサッカー選手だった頃から、ヨーロッパでユニセフやUNDP(国連開発計画)が主催するチャリティマッチなど数多く経験してきました。普段は対戦相手として戦う選手が仲間になって一緒にプレーができたり、そこで繋がりができたり。やっぱり、こういう試合は楽しいんです。
また、サッカーをやめた後、世界中の様々な地域で社会貢献の現場をたくさん見てきました。印象的だったのは、アフリカやアジアにおけるサッカーの影響力の高さ。特にアフリカにおけるその力は大きかったです。「ワクチンの接種ができます」と言っても人が集まらないかもしれないけど「サッカーの試合があります」「サッカー選手が来るので集まってください」と言ったら村中の人が来る。結果、そこでワクチン接種できる。
『ああ、サッカーってプレーするためだけの競技じゃなくて、人が集まるプラットフォームなんだ』
そのときに、こう思いました。
現役中や引退後のこういった経験を通じて、『自分はプロサッカー選手は辞めたけど、まだサッカーの力を使って色々なことができるんじゃないか』と思いました。その後、実際に自分の財団を作り、国内でも様々なチャリティマッチを開催したりしたのですが、その中で世界中の他のサッカー選手も同様の取り組みをしていることを知りました。
メッシやジーコを始め、世界的なサッカー選手が自分の財団を持って社会貢献をしていることが実は非常に多かったんです。そこで一つ疑問が生まれました。これだけ有名な選手が世界中で様々な事をやっているのに、何故、情報がないのだろうか、と。
例えば自分がチャリティマッチ開催するときに、メッシの財団とコラボをして試合がやれたら面白いですよね。でも、誰がどういった活動をしているかの情報がないとそもそも実現できない。だったらそういう情報が集まるプラットフォームを作れば良いんじゃないか? と思いました。
このようにサッカー以外でも、世界中で沢山のスポーツ選手が様々な取り組みをしています。また、ハリウッドの有名な俳優や世界的な歌手なども社会貢献をやっている人が多くいます。しかし、誰がどんなことをしているか知っていますか?例えば、ジョージ・クルーニーがアフリカでやっていることとか、レオナルド・ディカプリオがしている活動とか。
彼等の活動の映像があったら、僕ならお金を払ってでも見てみたいし、もっと知りたいと思いました。そんなコンテンツがあれば、多くの人が社会貢献の大事さを楽しみながら知る機会になる。さらには、コンテンツとして面白ければお金も集まり、活動の規模がもっと大きくなる。著名人の活動はそれ自体がコンテンツになり、多くの人を動かすきっかけになるんです。そういった広がりの可能性も感じていました。
言いづらいからこそ、誰かが讃えなければ
社会貢献活動はより多くの人に知ってもらい、共感を持ってもらったほうが良い。でも、どれだけ素晴らしい取り組みも、誰かがPRしないと知られずに終わってしまう。
しかし、著名人であろうと企業であろうと、自分たちがやっていることを「この取り組み、是非知って下さい」とは、言いづらいものです。
誰かがPRをしてくれないと広まらない。でも、社会貢献活動はなかなかPRされにくい。自分も財団を持って活動する中で、PRのしにくさを感じていました。かといって、自分でPR会社を使ってするものでもない。
そこで、表彰される機会を作る事で、まずは多くの情報を集めることが出来ること。さらには多くの人に活動を知ってもらうきっかけが作れるのではないかと考えました。そして、笹川スポーツ財団やパラリンピックサポートセンターの支援など、スポーツを応援している日本財団に話を持ち込んだんです。
なぜスポーツ選手から始めようと思ったかというと、スポーツ選手は毎試合の試合結果で価値が判断されます。だから、いわゆる日本的な「偽善と思われる批判」にも結果で対抗できる人が多いのではないかと思ったからです。
社会貢献を「やって当たり前」に
著名人が貢献活動を表に出しにくい背景には、社会貢献の文化がまだ育っていない点があると思います。「偽善と思われるのが嫌だ」、という理由で表に出さない人は多い。これは、変わるべき点だと思います。「やって当たり前」という社会にしないといけない。
「苦しい」「つまらない」ではなく、いかに「楽しい」「かっこいい」という認識に持っていけるかが重要になると思います。HEROsはスポーツ選手から始まりましたが、今後は俳優や歌手など、様々な著名人にも広げていきたい、と思っています。
アカデミー賞のように、社会貢献活動も表彰される機会があって良いはずだし、表彰されてみんなが憧れるようにならない限り、社会貢献活動は広がらないと思います。多くの人達に知ってもらい、共感してもらうことで、より活動が大きくなってくのではないかと。だからこそ “憧れる場所” を作るべきだと思います。
海外の社会貢献のイベントに行くと、「自分はこういうことをしているんだ」とみんな嬉しそうに言ってくるんですよね。それだけ想いがあるし、誇りを持っている。
ただ、そんな彼らも自分たちではうまくPRできていないんです。どこの国へ行っても、社会貢献を表彰するアワードは見たことがない。だからこそ、HEROsは世界に展開できる可能性があるものだと思っています。
毎年開催しているHEROs AWARDが、世界中で開催されるようになると世の中はもっと楽しくなるのではないかと思っています。そうやって、みんなで助け合う社会が出来ていくのではないかと思います。
現役時代に感じた、他のアスリートとの接点の無さ
そしてもう一つ。スポーツ選手同士が繋がれる場所が必要だ、と常々思っていました。
僕は21歳で日本を出てしまったので、日本のサッカー選手すらあまり知らない。接点もなければ、会う機会もありませんでした。競技を辞めてしまえば、なおさらです。
現役時代、シーズン前にアメリカにある世界的なテニススクールの施設で合宿をしているときに、ウィンブルドンに出るようなテニス選手と一緒にトレーニングをしたことがありました。彼もサッカーに興味があったので、僕のトレーニングをしたり・・。そこで多くの学びがありましたし、同時に、他競技の選手に会う機会がほとんどないことにも気づかされました。
やはり、同じ競技の選手達だけではなく、別の競技の選手と出会うことで、自分のトレーニングの仕方を見つめ直すきっかけになったり、同じ種目の選手には相談できなくても、他の種目の選手にならば相談できることもある。
さらには、スポーツ選手は10代、20代という若い時代のすべての時間を競技に注ぎ、30歳前後で競技を辞めなければならないことが多く、その後の長い人生をどのように生きて行くかで悩んでいる話もよく聞きます。しかし、競技は違えど同じ努力を重ねてきた仲間達が回りにいれば、悩みも共有でき、また新たなアイデアが生まれる可能性もある。
そういう点で見ても、スポーツ選手が競技越えた仲間を作るための交流があっても良いのでは、 と。
さらにいえば、同じ競技の選手同士でも、辞めた選手と現役選手が会える場所はほとんどありません。現役の選手も、辞めた選手達から様々なことを学べる機会があると、より競技レベルも上がる可能性もあるし、さらには辞めた後でも様々な繋がりをもてることは、色んな可能性を生むことになるかと思います。
HEROsは、そういう場所にもなり得ると思いました。実際、毎年のHEROs AWARDの表彰式では多くの選手同士の交流があり、会話して喜んでいる姿が見られます。「スポーツ選手同士の横の繋がりができることで、こんなにも喜んでもらえるんだ」と、驚きました。
先ほど話をしたアフリカの話でもそうですが、スポーツはやっぱり、“人が繋がる・集まるプラットフォーム”なんだと思います。
このように社会貢献を通じて様々な形で、スポーツ選手同士、選手と会社、選手と社会が繋がって行けば、現役中も辞めた後も更なる大きな未来が待っているんじゃないかと思います。その為にもきちんとした形作りをして、選手が現役を辞めた後も独り立ちできる仕組みにしていくことも必要だと思います。
“社会貢献の新しい文化”を作る
社会貢献が楽しくてかっこよくて、憧れの場所にするというのが1番の目的な訳で、その文化の醸成のためにHEROsはあると言っても過言ではないと思います。
社会貢献の文化を作るため、変えるため、これをかっこいいと思われる場所にするために自分たちは何をしないといけないのか。
まだまだやらなければならないことは多く、これまでやって来たことでも中途半端なところもある。
新しい文化を作ることは簡単ではない。でも、諦めず時間をかけてやっていくしかないですね。