陸上競技への愛と理解を。寺田明日香が学生アスリートを支援する理由【HEROs AWARD 2021 女性部門受賞】
寺田明日香さんは、現役の100mハードラー。高校1年から本格的に100mハードルを始め、インターハイ3連覇を皮切りに国内外で活躍してきました。
2013年の現役引退後は、結婚・大学進学・出産を経て、2016年に7人制ラグビーに競技転向する形で現役復帰。2019年からラグビー選手としての経験を生かして陸上競技へ復帰すると、日本記録を3度更新し、東京2020オリンピックでは日本勢として21年ぶりに準決勝進出を果たしました。
競技者でありながら、陸上競技に取り組む若い世代をサポートする取り組みも積極的に行なっています。2020年よりコロナ禍で競技環境が制限されている学生に対して、「A-START プロジェクト」をスタートしました。オンラインで講義を行なったり、寺田さん本人と一緒に練習できる合宿を主催しています。
東京2020オリンピック出場権獲得に向けて、大詰めの時期でのこれらの活動。学生アスリートへの思いや、活動を通して起きた変化について伺いました。
学生たちへ、寺田明日香だからこそできることを
コロナ禍によって試合が中止になったり、練習環境も制限されるようになりました。その中でもモチベーションを保ち、陸上競技をさらに好きになってもらうためにできることはないか、と考え始めたんです。競技に取り組む後輩たちに「陸上をしていて良かった」と思ってもらいたくて。
そのために“トップアスリートが大事な試合の前に何を考え、どんな動きをしているか”を伝えることは重要だと思いました。学生の選手たちはその部分を知りたいだろうし、知ることでより陸上を好きになり、のめりこんでくれるだろうと。仮に私が学生のときにトップの選手から直接教わる機会があれば、絶対に参加すると思ったので。
あとは私自身の経験からも、「誰かと一緒に競技と向き合う方が成長できる」と感じてきたことも大きかったです。一度目の陸上選手時代は、人に頼ることを悪としていて、自分の中で全て解決しようとしていました。しかし、ラグビーに転向して、右も左もわからない中で“頼る” 大切さに気づいたんです。「同じ気づきを後輩たちに体感して欲しい」という思いも生まれました。
そこで生まれたのが、「A-START プロジェクト」。
これは東京2020オリンピックの出場権がかかる中で進めたものです。これまでの競技人生の中でも最も大事と言って過言ではない大会の前だからこそ、この時期で私が取り組むことやマインドを伝えることに意味があると思いました。
一緒に競技と向き合うことで、学生たちにとって新たな発見を与えたいな、と。若い世代へ自分の経験を伝え、アドバイスを送ることは、トップ選手だからこそできることであり、役目だと思っています。
参加学生は選考を行ない決定したのですが、競技成績は選考基準にしていません。応募レポートを提出してもらい、参加に対する気持ちが強い学生を選抜させていただきました。インプットだけでなく、学んだことを実際に自分自身の競技や行動に落とし込んでくれるかどうかを重視しました。
応募動機を見ていると、「練習が制限されていて、今後どうしたら良いのかわからない」という声が多かったです。練習できない中でも、速くなりたい気持ちは変わらない。そこをいかにサポートしてあげられるかは、現役選手だからできることであり、やるべきことだと改めて感じました。
学生たちと共に、陸上競技と深く向き合った時間
講義では、学生たちと会話をして悩みを聞くことも大切にしていました。今後のキャリアについて悩んでる学生が多かったですね。学業との両立や、逆に受験と陸上どちらを優先するべきか。陸上以外のキャリアや、女子学生なら結婚・出産についてなど幅広く将来についての悩みもありました。
私は常に「その時にしかできないこと」を選んできました。陸上競技を一度引退した時も、ラグビーに競技転向した時も、再び陸上競技に復帰した時も。今しかできないことを大事にしてほしい、と伝えました。
合宿では、高校生も大学生も皆一緒に走り、私が普段から取り組んでいる練習もやってもらいました。最初は「学生たちにとってどういうものになるかな?」と不安だったのですが、「こんな経験はなかなかできないので、嬉しいです」と言ってもらえて嬉しかったです。
コーチングの観点でも、勉強になることが多かったです。自分の感覚をどう伝えればわかりやすいのか、同じような感覚を掴んでもらえるのか。ここは考えて話しましたね。例えば私は走る時に「力強く跳ねる」ことを意識していますが、なかなか学生に伝わらなくて。「刺す、鋭い感じで」と表現するとイメージ通りの動きをしてくれたんです。自分の感覚を伝えようとすることで、私自身の整理にも繋がりました。
技術的な会話になるとどうしてもオノマトペが多くなるのですが、“どう言えば正確に伝わるのか“ を模索するのが楽しかったです。私にとっては「ぴょん」だけど、この子にとっては「トン」などと。相手にとってより伝わる表現を考えることで、私自身の学びにも繋がりました。
私のアドバイスで、みるみる成長していく学生たちの姿が印象的でした。私自身のモチベーションにもなりましたし、お互いにとって刺激のある時間でしたね。
合宿後、学生たちから良い報告をたくさんいただいて本当に嬉しかったです。参加者の7〜8割ぐらいが自己ベストを更新し、全国大会で入賞した子も何人もいました。
私も負けてられないなと。4月・6月と日本記録を更新することができました。結果を出したところを見せたいし、私の姿を見て希望や自信を持ってほしいと思っていたので良かったです。学生たちのおかげで、私も結果を出すことができたと思っています。
輪を広げ、仲間とともに実現へ。アスリートの強み
オンライン講義については、二期生の募集が始まろうとしています。基本的な部分は残しつつ、さらに内容をブラッシュアップして二期生を迎えたいと思っています。
「A-START プロジェクト」は三期生、四期生と継続していきたいと考えています。今は高校生と大学生がメインですが、「もっと下の世代を対象にやってほしい」という声もいただいているので、どんな形でできそうかを模索しています。
現役アスリートだからこそ、たくさんの繋がりを作ることができるのは強みだと感じています。私のプロジェクトも、周りのスタッフの方々のご協力がなければ実施できていません。力を貸して欲しいと思った時に、さっとコンタクトをとって実行に移せるのはアスリートならではかなと。この立場は大切にしたいですし、繋がっていくご縁は今後も大切にしたいです。
一人では迷うようなことも、仲間がいるから実現できます。自分の思いを周囲にしっかりと伝え、仲間を作っていくことが重要です。自分がやりたいことを発信していけば、きっと輪は広がっていきます。仲間を大切に、夢を実現していって欲しいですね。
※本取組はアスリートの社会貢献活動を表彰する『HEROs AWARD』の2021年度、女性部門で受賞されました。
詳しくはこちら↓
https://sportsmanship-heros.jp/award/