陽だまりの粒(玖)
咲が和彦と初デートをした次の日の昼休みのこと
咲は自分の席に座りウォークマンで耳から音楽を聞き目で本を眺めながらおにぎりを食べていたら、ベランダから食物科の教室の中へ里香と智美がクラスメイトの美佳と芳恵を伴って咲の所にやって来た。
「何見てんの」と里香は咲が眺めている本を手に取って見てみると料理の本だったが、後ろに書いてある値段を見てみると3500円と書いてあった。。
「この本を昨日買って貰ったんだ」と言って咲は大切にその本を抱きしめた。
「主婦みたいだなと」美佳が笑うと回りにいた者全員がそうだねと頷いた。
智美は必ず畳み掛けてくると分かっている咲は、「何がさ?」と惚けた返事で返すと、チョットイラついた感じの智美は「何がって昨日のデートのことだよ」と少し大きな声が出てしまった。
慌てて口を手で抑えた智美だったが、それを耳にした咲の座席の後ろに座っていた咲のクラスメイトの貴代が「えっ…何、咲に彼氏いるの?」とビックリして大きな声で喋ったからクラスメイトの視線が一斉に咲の方を向き、咲はバツの悪そうな顔をしたが、暫くするとまた日常の風景に戻っていった。
咲は「しぃ〜」と口元に人差し指を立てて必死に騒ぎを鎮めようとしながら、
「あまり私の事をイジメるとケーキあげないよ」と咲はロッカーに行き、今さっき実習で作ったケーキを取り出して持って来ると箱を開けて中を見せた。「咲すげぇじゃないか」ケーキ屋で売ってそうな苺ショート6個箱の中に綺麗に並んでいるのを見た里香が驚いた顔をして咲の肩を抱いた。
「咲ケーキ屋でも始めたら?」芳恵が驚いた顔をして美佳と顔を合わせた。
「咲は短大に進学するんだよな」智美が誰に言うことなく呟くと、里香が「ダーリンが待っているからな」と小声で答えた。
「部室に行ってみんなで食べようか?」咲はそう言うと部室に行く準備を始めながら、
「美佳ちゃんも芳恵ちゃんも一緒に食べよう」
里香に紹介してもらって少し前から咲と仲良くなった二人を誘った。
「ホントにいいのか?何だか悪いなぁ」と2人は遠慮がちに言うと部室まで付いてきた。
咲のクラスメイトで咲と仲良しの貴代と優子も咲の彼氏の事が知りたくて、後を付いてきた。
ケーキを食べた後に貴代が咲に彼氏について質問しようとしたが、
里香がそこを仕切って「咲の彼氏は22歳の社会人でありまして、二人が知り合ったのが四月上旬、付き合ったのが八月下旬と思われます」と芸能記者の真似をして笑いを取った。
「ちょっと里香ちゃん私の彼氏は犯罪者か?」咲がムッとした顔で里香を睨んだ。
苦笑いしながら里香は「冗談に決まってるだろう!!私だって咲の彼氏のお世話になってるじゃないか」
まあそうだなと、咲は里香の言葉を理解したが、里香は今日の咲は妙にカリカリして何か別人みたいだなと思った。
「おい咲、昨日ダーリンとHしたか?」智美がふざけて、SEXしてる筈がないと信じた上で咲に話を聞いてみると。
智美が予想した通りに「そんな事する訳ないじゃん」と素っ気ない返事が帰ってきた。
間髪入れずに貴代が質問して「手は繋いだ?」
とこれは普通にあるだろうと思って聞いてみたら貴代の考えを笑うかのように咲はこう言った。「全然…手すら繋いでない」
どうも咲の言葉が白々しいなと感じた優子は「じゃあキスはした?」と聞いてみたら驚きの言葉が帰ってきた。
「キスはしたよ! えっしてない、間違えて言ってしまった。してない、してない」と慌てて咲は否定し始めた。
「おぃー」里香が怒ったような顔をしながら咲に近付くと「咲、カッコいいじゃん」とニッコリ笑って咲の肩を抱くと、そこにいた全員が「咲カッコいいじゃん」と咲を祝福した。
「いいな~咲に先を越されてしまった」
と美佳がダジャレで皆を笑わせていると、
次の瞬間に軽音部の部室に珍客が来襲した。
ガラ〜と部室のドアが開き一人の男が入って来た。その場にいた者が一斉に振り向くとその男は、いきなり咲に向かって「咲はあの男に騙されてるんだから、いい加減に目を覚ませ」と訳の分からない事を言い出した。
「コイツ演劇部か?」と里香が腹を抱えて笑い始めた。
「里香あの男って誰かわかる?」と智美もツボにハマったように腹を抱えて笑い出した。
「雪野さんがあの男なら、コイツ雪野さんに会った事があるって言うことか?」
「よくあんな怖い人によく一人で会えたね」
「私だったら無理」「私も無理だ」
里香と智美の話を聞いて安倍は顔が引きっっていた。
美佳が「里香さあ、咲の彼氏ってヤバい人なの?」
「ヤバい・ヤバい大学生四人相手の乱闘で瞬殺」里香が智美に話を振ると智美も
「目から鱗!雪野さんから蒼白い怒りの炎が見えた!私は口を開けて見るしかなかった」と言いさらに続けて「妹の泉ちゃんが社会人八人相手に乱闘した所を目撃したって言ってたよ!その時も瞬殺らしい」
その話を聞いた貴代は「プッ」と吹いて、「カンフーマスターみたい!どんだけ強いんだ」と笑った。
「一度会ってみたいな~」優子が興味深そうに咲に話を振ると「日曜日に会わせてあげる」と優子に返事を返した。
安倍は外野の話を耳にして顔が紅くなり、手と膝プルプルと怒りで震え上がっていた。
急にデカい声を上げて怒鳴り散らすかのように「とにかく咲はあんな男と今スグに別れろ、そして今スグ俺と付き合え!!考えてみろあんな奴が咲と真面目に付き合うと思うか?俺は決して思わないしアイツを絶対に許さない!咲は散々弄ばれて、妊娠させられて棄てられるに決まってる」
本人は、決めたつもりだったのだろうが、回りの反応が悪くクスクス笑う声が響いた。
「お前やっぱり演劇部だろー」里香が爆笑してそう言うと「雪野さんそんな悪い人じゃないから悪いのはおめぇーだこの演劇部が」と智美がチョットバカにした言い方で喋った。
安倍は咲の所までやって来ると、「来いよ」と咲の手を取って連れて行こうとした。
「何すんだよ!!」咲が怒鳴り声を上げながら手を振り払うと安倍は「いい加減に目を覚ませ!!まだ分からないのか?」と言いながら咲の右頬を手のひらで張った。
ぴし〜んと音がして辺りが一瞬静かになったが沈黙は直ぐに破られ。
「痛てぇな~!! 何すんだよこの屑野郎が!!」咲も負けないで安倍の頬を左右往復で張り返しながら普段は絶対に見せない凄い目で安倍の顔を睨んだ。
「せっかく昨日和君とKissしてハッピーだったのにそれをぶち壊しやがって…頭に来た私もう帰る」咲はプイと安倍に背中を向けると、スタスタと帰り始めた。
「咲、待って私も帰る」貴代と優子が咲の後を追いかけた。
「あ〜あ帰っちゃった」芳恵がバカバカしそうな顔で喋ると「我々も時間だし教室に戻るか」と背伸びをしながら智美が部室を後にした。
「咲の彼氏って芸能人で言えば誰に似てる?」そんな話をしながら残った三人も部室を出て行き廊下から「えぇっ~」と言う黄色い声が響いた。
一人部室に残された安倍は悔しさで全身をワナワナと震わせて大声を出して泣いたが、彼は咲の事を諦めるつもりは全く無く、雪野という男を始末すれば自然に咲が手に入ると思い込み、自らの復讐の心に炎を点火した。
「次の日曜日我奇襲に成功せり、我奇襲に成功せり」