坂口芳貞さん
大学時代の恩師、坂口芳貞さんが亡くなった。
私は桜美林大学の総合文化学科で演劇を学んでいた。
演劇が好きで好きでたまらなくて、念願の演劇を専攻できる学科に入れた。
実技ができるだけで本当に嬉しかった。
桐朋学園芸術短期大学の演劇コースも受かっていたけど、
玉川大学の演劇の先生に相談し、桜美林を選んだ。1期は特別だ、チャンスは今だけ。これが決め手だった。
桜美林は1期生で全てが新しく手探りだった。
受験勉強で演劇活動を我慢していた当時にしてみたら、とても物足りなく感じて、桐朋に行っていたら毎日何か活動ができていたのにと思っていた。私と大学の歯車が合わなかった。
週に2回の演劇の授業の時間はとても貴重で、とても濃い時間だった。
劇作家の平田オリザさんと文学座の坂口芳貞さん。
この2人が軸になり演劇の授業を進められていく。
ここでの桜美林の強みは、演劇の先生を専門にやっている方ではなく、現役で活動している方が先生だった。
この2人が授業の最初に自己紹介をしたのだが、坂口さんの自己紹介がとても印象的だった。
「同じ舞台に乗ってしまえば皆が対等で、制度上では先生と学生であっても一緒に仕事をしていくのだから先生と呼ばず、坂口さんと呼んでほしい。」
一言一句合ってはいないけどこう言う旨だった。「さん」付けで呼ぶ事がここで明確になり、オリザさんもこの後に同じ事を言って演劇コースの先生はみんな「さん」付けになった。
坂口さんの授業は本当に演劇の基礎。
台詞を言ってみる、台詞を自分で表現してみる、身体を動かしながらしゃべってみる、ゲームをやりながら会話のキャッチボールをしてみる。
1期は本当にいろいろな人がいて、演劇の課題なのに作文を書いてきて読み出す人や役になるのを無視して自分で居たがる人もいた。
そんな中だからハードルも低かったんだけど、
「今日一番演劇っぽかったのは君だなぁ。」
と誉めて貰えた事がとても嬉しかった。
ハードル低いって言ったけど、演劇の仕事してる人、何人もいるんですよ!同期はみんなすごいのよ!
そんな中、演劇活動を焦っていた私は片道2時間かけての遠距離通学をしながら、既存の演劇部に所属して毎日22時まで稽古して、家で夜中まで宿題をして、また早朝に家を出る生活をしていた。
一人暮らしは家族が許してくれなかった。
そうしているうちに、ある日全く身体が動かなくなり、鬱状態になった。
当時は鬱なんて事も解らず、大学に行けなくなった。
別の先生から大学のカウンセラーさんに繋がり、病院に通い始めた。
そんな状態である事を坂口さんは何度も話を聞いてくれた。
カウンセラーさんにも繋がってくれて、本当に心配してくれた。
ただの一学生に時間をたくさんくれた。
この時に坂口さんは自分の話をたくさん教えてくれた。
本当にプライベートな事なので私が責任を持って一生覚えておくしか無いんだけと、坂口さんがどうやって演劇の世界で生きているのか、本当にそうであろう事を話して下さった。
それは私が今生きている事に対してとても役に立っている。
「どうやって演劇でご飯が食べられるようになりましたか?」
と訪ねた時の答えが印象的で、
「この世界はほとんど運だからさ。続けて行くだけなんだよな。辞めなきゃ続けて行けるんだよ。」
と、あの明るい喋りで教えてくれた。
きっと坂口さんはあの坂口さんで居たくて、いつもそうあるために行動していたと思うと本当に格好いいとしか言いようが無い。
本当に器が大きくて朗らかな素敵な方だった。
3年生でやっと通えるようになってきて、本当に芝居を一本作る課題で「アイスクリームマン」の早苗をやらせてもらった。
これが最初で最後の坂口さんとの芝居になってしまったけど、本当にいい経験をさせてもらった。
演出家は怖いなんて当たり前だと思っていたけど、怒らないで演出をしてくれる。
私は灰皿投げる人と投げない人なら投げない人とやる方がいいと学んだ。
結局、大学は中退してしまうのだけど、「辞めなきゃ続けて行けるんだよ。」を胸に、長女を妊娠するまで、なんとか演劇にしがみついていた。
最後にお会いしたのは、2年前の同期の花見に来てくださったとき。
大分会ってなかったけど、覚えていて下さって、
「お前がなんとかやってそうで本当良かったよ!」
と何度も言ってくれて、別れ際に「また元気で!」と言いながら固く抱き合った。
この時は床屋の話とか、連れ行った次女と遊んでもらったりとか、本当に楽しい飲み会だった。
人見知りの次女が、
「もっと抱っこして!」
なんて言ってかなり懐いていたのも坂口さんらしい。子供はよくわかってる。
「木の中を子供が走るのはいい光景だよなぁ。」
と、他の同期の子供達も見つめながら話していたのがとても印象的だった。
今日は告別式に行ってきた。
無宗教と言うことで、花をお供えさせて頂いた。
あまりにも悲しくて実はまだ受け入れられていない。
手を合わせる事ができず、ひたすら頭を下げて「ありがとうございました」としか思えなかった。
今日行けなかった同期の分も。
本当に本当に素敵な方で、出会えた事がただただ宝物です。
たまに「坂口さん、あっちで元気かなー。」なんて、ふと思いながら過ごしそうです。