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『兎とよばれた女』part1/「ことば」と「ロゴス」【えるぶの語り場】

はじめに
本の好みには人柄が出る。だから人から本をすすめられるのはあまり得意ではない。その人の人格とか価値観すべてを押し付けられている感じがするから。でも好きな人の好きな本を読むのは好きだ。その人のことがもう少し分かる気がするから。そんなわけで私はシュベールが「読め」と言う本はわりと読むのだが、シュベールほど押しつけがましい本をすすめてくる人間もまたいない。大学時代には澁澤龍彦が訳したマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』を押し付けられた。これを読んでどうしろと言うのだろう。
 さて、今回シュベールが持ってきた企画は澁澤の元の妻の矢川澄子作、『兎とよばれた女』だと言う。また危なっかしい本を持ってきたものだ。しかしそれでこそシュベールなのだ。なんだかんだ私はこの対談を楽しみにしている。そして読者の皆さんにも楽しんでもらえると確信している。シュベールの少し変わっていて、少し強引で、でも矢川愛溢れる語りをぜひお楽しみください。(ソフィー)

シュ:今回のえるぶの語り場は矢川澄子作、「兎とよばれた女」を扱っていこうと思います。
なぜ、本書を選んだかと言いますとシンプルに「好きだから」という理由です。
ただ、今の社会では一部の熱狂的なファンを除いて、そこまで支持されている作家ではないので「親しいソフィーと感想を共有したい」という気持ちがあり選ばせてもらいました。

:おけー。

シュ:それでは早速始めていこうと思います。
多くの作家の作品がそうであるように、矢川の作品も彼女自身の人生が大きく作品に影響しているので、
簡単に彼女の人生について共有しようと思います。

矢川澄子は東京都に5人姉妹の次女として生まれ
すくすくと育ち、東京女子大学いわゆるお嬢様学校に進学したんですよ。
彼女は大学時代に岩波の校正のアルバイトをしていたんだよね。
そのバイト中に澁澤龍彦に出会い交際を始め、結婚生活を始めるんですよ。
結婚生活は中々、波乱万丈で結婚生活の中で3回も堕胎を命じられていたり...
最終的に矢川の浮気が発覚して(澁澤も浮気はしていた)離婚に至るわけなんですよ。

浮気後は長野県の黒姫に移住をして、児童文学の翻訳者としてのキャリアを築いていく。
でも71歳の時に首を吊って死んだという。

:うーむ。壮絶ですな...

シュ:うん。壮絶だよね。
『兎とよばれた女』は全部読んだ?

:いや、指定されていた38ページまでしか読んでいないよ。「翼」という章までしか。

シュ:そうか。今後読み進めていると彼女の人生が投影されていて
ある種の生々しさのようなものを感じるかもしれない。

38ページまで読んでみてどうだった?

:すごく浅いところから言うと「シュベールが好きそうだな」というのが感想かな(笑)
何だろう、独自の世界観を持った女性が独特な言葉?自分だけの言葉で男の人に語っていく、
男の人は気のない感じで聞いているのだけど、丁寧に聞いていて誠実に相槌をしているというスタイルが
『ノルウェイの森』のワタナベ君と他の女性達とのコミュニケーションの形とすごく似ているなと思ったんですよ。

シュベールが『ノルウェイの森』をいかに好きかは知っているので、
そういう男女のコミュニケーションを理想にしているのかな?と考えながら読んでたよ(笑)

あるいは、独自の世界観を持っている女性のことが好きなのかなとかも思ったよ。
浅いところでは、そんな感じかな?

シュ:なるほど、それは正解かもしれない(笑)
「澁澤の元嫁の本か、読んでみよう~」という軽い気持ちで読み始めてみたのだけど、ドハマリしたよね。
あの会話の感じがね、好きなんですよ。

ソ:あとは、「ことば(ひらがな)」という言葉の使い方だよね。
言葉を手に触れられるもの、実態のあるものとして語っているというか
理解する言葉ではなくて、感覚する「ことば」として扱っているように感じたね。

「ことば」という言葉の使い方に注目したね。

シュ:ソフィーなら、そこに引っかかるよね。
浅いところから言うと、矢川の言葉選びは美しいよね。

矢川のエッセイで「私は言葉と観念のみを栄養に育ってきてしまった」と書いてあるんだよね。
彼女自身が書いている通り、本当に言葉だけを食べて生きてきた人間が書いた文章という感じがする。

:「言葉と観念のみを栄養に育ってきた」それは知らかなったな。

シュ:このエッセイは矢川と澁澤の関係性について書かれたものだから、矢川だけを指している文章ではないのだけどね。

:矢川の言葉選びは「神経質」な印象を持ったな。

シュ:言葉関連でいうと、35ページに「ロゴス」という言葉が出てきたけれど
それについてソフィーなら注目するだろうと勝手に思っていたので、感想聞いても良い?

:それで言うと、彼女がこの小説でひらがなにしている言葉は全て「ロゴス」に該当すると思ったな。

逆に質問なのだけど「やすらぎとロゴスとは、永遠にうらはらのもの。」(p35)という文章が出てきたけれど、ロゴスと安らぎを対義語として定義するというのは『人間失格』のアント探しを思い出したんだよね。
俺はしっくりときているのだけど、「ロゴスと安らぎはアントなのか?」というのはどう思った?

シュ:僕もそれについてはしっくりは来たな。

:だよね。俺も読んでいて最初は「ロゴスのアントは沈黙かな?」とか思っていたのだけど、
沈黙も意味を持ってしまうからね。

シュ:沈黙すら意味を持ってしまうなら、それは必然的にロゴスになってしまう…

:沈黙とか静寂はそれ自体がもう音になってしまうからね。
「ことば」は必要なものだけど、常に人間をかき乱すものだよね。
必要な栄養ではあるのだけど「ことば」によって焦ったり、悩んだり...
そう考えるとアントは「やすらぎ」なのかなと思ってしまった。

シュ:そうだよね。
「ことば」は必要な栄養ではあるのだけど、接種しすぎると毒になってしまう。
矢川が自死を選んだのもそこに原因があると思うんだよね。

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