ヘラルボニーは、過剰な賞賛を疑い、現実を直視して、圧倒的に飛ぶ。
過剰な賞賛を、疑え。
最近、過剰なほどの賞賛を受けている。だが、創業当初を振り返ると、それがいかに遠い道のりだったかを痛感する。
あの頃、私たち双子の兄弟は、何も持っていなかった。
家賃すら払えない状況だった。本社と呼べる場所はなく、祖母の家を間借りしていた。夜行バスに飛び乗り、全国の福祉施設を回りながら、ただひたすら思い描いた未来を信じて走り続けていた。ビジネスカンファレンスに参加してヘラルボニーの名刺を渡しても、ぞんざいに扱われることも多く、冷たい対応に心が折れそうになることもしばしばだった。
しかし、そんな日々から5年の月日は流れ、状況は徐々に一変してきた。経済番組「ガイアの夜明け」の特集で取り上げられ、今月には「Forbes」の表紙にまで登場した。LVMH innovation Award では日本企業で初めて約1,600社から6社に抜擢、ファイナリストに選出された、先ほどはシリコンバレーで人生初の英語ピッチに挑戦している双子の文登から興奮気味に電話「スタートアップワールドカップ、ファイナリストに選ばれたぞ!」と。各国代表80社から最終10社(日本スタートアップ唯一)に選ばれたとの電話が鳴った。
道半ばのインパクトスタートアップであるという事実に全く変化はない。時代をひっくり返してもいない、知る人ぞ知る存在である。しかし明らかに状況は違う、かつての苦しい日々がまるで遠い過去の出来事のように思える瞬間もある。
いつでもあの原点に戻れるか。何も持たなかったあの日の自分に立ち返ることができるか。感情を取り戻すために、松田崇弥として、綴りたいと思う。
創業の原点。
最近、華やかな世界に身を置いてしまっていると実感している。実家も太くはない、学歴も良くはない、しかし、いつしか自分自身がこのエリートコミュニティの一員であったかのような錯覚に陥りそうになることもある。
そんな自分に対して警鐘を鳴らさなければならない。
なぜなら、原点を忘れ、この美しい成功物語だけが前面に押し出されてしまうことに、危機感を覚えているからだ。
なんでヘラルボニーを創業したのだろう。それは、双子のさらに4歳上、重度の知的障害を伴う自閉症の兄の存在があるからだ。
「喋らないの?」「笑わないの?」「聞いてないの?」
小学校時代、兄に向けられる何気ない質問が、私にはずっと不思議だった。兄は確かに喋り、笑い、聞いているのに、なぜ彼の沈黙や微笑が見えないのだろう、障害者として安易に括られてしまうのだろう。
対人コミュニケーションの不器用さは、兄をまるで無機質な存在で、ロボットのように映してしまうらしい。そこで感じたのは、世間との大きなズレだった、同じ景色を見ているはずなのに、私たちの世界はこんなにも違うのかという違和感と共に生きてきた。
麻痺した中学時代。
中学校に入ると、兄に向けられた言葉はさらに尖る。
「お前、スペかよ(笑)」
自閉症スペクトラムの蔑称が存在した。その言葉は、教室中に飛び交っていた。アホやバカと同義である。何かミスが起きるたびに、その冷酷なフレーズが口々に発せられ、中学校では異常なまでに流行していた。もしも当時、流行語大賞があったならば、2005年最有力候補であっただろう。
兄を「スペ」として笑いものにしてくる同級生の姿に、心が締め付けられた。思い返しても悔しい。「ふざけるな」と何度も思った。俺は障害もないのに、どうして兄がいることで馬鹿にされなければならないだろう。
「スペ」という言葉を、決して口にしないと心に深く誓っていた。
その誓いの代償は大きい。兄の存在を隠す選択を余儀なくされた。「自分には自閉症の兄がいる」という真実を口に出すことができなくなった。それは、心の奥底にある恐怖からだった。
もし「スペの兄弟」として嘲笑の対象にされたらどうしよう、と。
クラスという小さな社会の中で、私は自分の居場所を守る必要性を痛感していた。「学校に行きたくねえなあ」と、足を向けることさえ億劫になった時期もあったが、「スペ」という言葉を繰り返す友人たちに迎合する道を選んだ。結果的に双子は素行が悪くなった、夜中に家を抜け出し、ピアスを安全ピンで開け、髪を染める。不良グループの仲間として、あらゆることを試みた。
その結果、学校での存在価値は確立された、いじめの対象になることを巧妙に回避できた。中学生活の後半は、人間的にも破滅していたことを自覚している。だが、ひとつ大きな問題があった。
たとえ仲間として迎え入れられても「スペ」の流行は止まらなかったのだ。
人間の心とは恐ろしい。
最初は憤慨していた言葉に対しても、「兄が直接侮辱されているわけではない」と自分に言い聞かせるうちに、次第に心が麻痺した。そして気がつけば、自分自身も「スペ」を軽々しく笑いながら使うようになっていた。本当に恐ろしいことだと思う。
中学校時代の葛藤を記したメディア記事を見た母から、突然送られてきたメッセージがある。
中学時代、私は「麻痺」した。他者を嘲笑う側に回った。そして、心を無にして「スペ」という言葉を軽々しく扱えるようにもなった。人は麻痺をする。
ヘラルボニーをブランドビジネスに向かわせたのは、中学時代の同級生。
「おまえ、障害者じゃん(笑)」そんな言葉を冗談めかして投げかける友人がいた。彼はクラスの中心にいた、人気者だった。彼はアートや福祉には全くと言っていいほど関心を示さない一方、シュプリームやレクサスといったハイブランドには惹かれていた。
「どうしたら障害を馬鹿にしていた側を変えられるのだろう」「ハイブランドであれば、彼の心にも届くのだろうか?」そんな一瞬の閃きが、私たちをブランド創設への道へと導いた。本当に届けたいのは、共にたむろした中学時代の同級生たちだった。彼らのような存在にこそ、届けたい。
『ヘラルボニーの商品、お歳暮にしたわ!』
塗装業を営む友人からLINEが届いた。その瞬間、心が震えた。
彼はかつて障害のある人を馬鹿にする言動をしていたことを忘れているだろう。しかし、彼はお歳暮という形でヘラルボニーを選んでいる。ただそれだけの行動が、私にとっては計り知れないほど大きな意味を持っていた。彼が過去を覚えていないことは、些細な問題に思える。
職場では、取引先では、さらには自身の子どもたちに対しては、『障害』の伝え方が、変わっただろう。負の連鎖は断ち切られた、どんな購入よりも胸に響いた。人は無自覚に変わることができる。
現実を直視して、圧倒的に飛べ。
なぜ嫌な経験をあえて綴るのか。
結論、満たされることへの恐怖を感じているからだ。創業当初の「飢餓感」をもっと深度深く、取り戻さなければならない。ヘラルボニーはこれから、100年かけて紡いでいく、壮大な物語のスタートラインに立ったばかりでしかないから。
福祉の世界は、理想的な美しさよりも、むしろ多くの課題が山積している。ヘラルボニーが圧倒的に世界で成功するためには、その現実を忘れることは許されない。美しい物語に仕立て上げられることに強く中指を立てながら、障害のある人々の本当の課題に、もっと首を突っ込んでいかないといけない。
それが、岩手なのに、福祉領域なのに、障害者なのに——すべての枕詞を「だから」に変換する世界に塗り替える。黒人がニューヨークのサウスブロンクス地区でヒップホップカルチャーを芽吹かせたように。障害福祉から文化を創造する、ヘラルボニーは、抑圧されたアンダーグラウンドシーンから産声をあげた「カウンターカルチャー」であることを更に強く自覚しなければならない。
私たちが届けるのは、「市場」ではなく「思想」だ。
ヘラルボニーがあなたの日常に溶け込む未来を想像してみてほしい。
もしかしたら、その世界は1ミリも便利にはならないかもしれない。むしろ思考は細分化され、考えることが増え、便利さとは正反対の世界へと導かれるかもしれない。しかし、その不便さの中にこそ、変化が生まれる。
私たちが届けるのは、「市場」ではなく「思想」。
私たちが発信するのは、「アート」ではなく「ハート」。
既存の先入観や常識というボーダーを越えて、あなた自身や周囲の人々の心に、少しずつ小さな見えない変革を起こしていきたい。だからこそ、ヘラルボニーと共に歩み、仲間になってほしい。
特権を生きる。
「ん〜〜〜」兄がしわくちゃの笑顔を浮かべ、私の顔を見つめる。私も同じように、しわくちゃの笑顔で兄の顔を見返す。この光景を不思議に感じる方もいるかもしれないが、これは私たちの日常的な会話の一部であり、愛情に満ちた最大の意思表示だ。兄との間では、言葉を超えた次元で、心と心が響き合う。
兄は、単なる「障害者」でも「自閉症」でもない。彼は、松田翔太。私のかけがえのない兄そのもの。彼が彼であることに、どんな言葉もいらない。
私たち双子は自閉症の兄を通じて、多くのことを学び、経験しながら成長できた。兄という独特なフィルターを通じて眺める世界は、時にまばゆい美しさを放っているし、時に苛酷な現実を突きつけてくる。
私たちの人格は、間違いなく兄という存在によって形作られたのだ。
音を聞き分けられることも、スケジュールを自分で立てられることも、冗談を言い合えることも、スポーツのルールが理解できることも、恋愛を楽しめることも・・・私たちが今、当然のように享受している感情や行動は、決して当たり前の権利ではなく、限られた特権を得ているのだと気づかされる。
そのまま、変わらずにいてほしい。私にとって大切な兄であり、時に弟のように感じる不思議な存在。本当にありがとう。あなたの弟でいられて幸せだと、心の底から思う。毎日が初心であれますように。
「ガイアの夜明け」見逃し配信情報
■TVer無料見逃し配信
10月4日(金)21:59まで無料配信
https://tver.jp/episodes/epqjfookty
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