繰り返すこと、それは才能だと思う。「くりかえしのうた by ROUTINE RECORDS」ができるまで|NHK Eテレ『あおきいろ』
現代アートの発信地・金沢21世紀美術館(石川県)。そこで2022年10月から2023年3月までのおよそ半年間にわたり展示されたのは、知的障害のある人たちが日常で繰り返す音を採取し、楽曲へと昇華させる実験的な音楽レーベル「ROUTINE RECORDS」の企画展だった。
構想からおよそ2年。企画から実装までの経緯や思いは以前投稿した対談記事に詳しいので割愛する。今回は、きょうからNHK Eテレ『あおきいろ』で放送がスタートしたスピンオフ企画「くりかえしのうた by ROUTINE RECORDS」について、制作に携わった私(桑山)が書こうと思う。
◆ルーティナーは、私たちのパートナーである。
東京・恵比寿。西口の駒沢通りを一本入った路地にある、とある老舗居酒屋。「くりかえしのうた by ROUTINE RECORDS」は、ヘラルボニーが手掛けるプロデュース事業の案件などで協業しているデザイナー・土井宏明さんの一言から始まったといっても過言ではない。
「ヘラルボニーって、知ってますか?」
私がNHKの佐藤正和プロデューサーと出会ったのは、2023年7月。土井さんからの紹介だった。私はその日、早朝から茨城県にある福祉施設での撮影があり、遅れての合流だった。到着すると、会議室には複数の原画が置かれていた。それをまっすぐ、目を輝かせて見つめていたのが佐藤さんだった。下調べによると、『デザインあ』をはじめ、数々のヒット番組を手掛け、受賞歴も多数だという。そんな一流クリエイターがヘラルボニーに興味を寄せていることに、テレビに携わっていた者として心が躍った。佐藤さんの物腰は柔らかく、優しい口調でありながら、堂々とした佇まい。そして芯の強さが言葉の節々からびりびりと伝わってきた。
翌月には、ヘラルボニーからすぐに企画を提案した。呼応するようにして、佐藤さんから次から次へとあふれるアイデアの数々。春からルーティナーの紹介をしていき、夏に楽曲を発表するといった構想もすぐに湧き上がった。打ち合わせの中で佐藤さんから発せられた「いわゆる“かわいそうな人”とされている方々が、取材などを経て“パートナー”となっていく光景をたくさん見てきた」という、さまざまな経験に裏打ちされた言葉がとても印象的だった。
企画の骨子が決まったのは、それからすぐのことだった。4月からヘラルボニーが契約を結ぶ福祉施設に在籍する4人が月替わりで「ルーティナー」として出演。実写とアニメーション、楽曲を組み合わせながら、ルーティナーの心象風景を描き、8月には4人のエピソードをひとつの歌にしてお披露目するというもの。ヘラルボニーがルーティナーや福祉施設の窓口となり、ドキュメント撮影やアニメーションを含む映像制作を受託するのは、会社としては実に初めての試みだった。テレビ局出身ではあるが報道・ドキュメンタリー畑出身の私としても、非常にチャレンジングな内容だった。
ルーティナーと同じく、ヘラルボニーは外部のクリエイターをパートナーとして協業していくことを大切にしている。実写とアニメーションをどのように組み合わせるか、圧倒的なクオリティとルーティナーへのリスペクトのある映像をどのように構築していくか。真っ先に浮かんだのが、WhateverのCCO・川村真司さんだった。私たちからのオファーを「ロマン枠」だとワクワクしながらご快諾。ドキュメント撮影・編集に織田聡さん、アニメーション制作に水井翔さんなど強力すぎるクリエイターが集結し、すぐに制作がスタートした。
◆たとえ音が出なくても、ルーティンはつづく。
楽曲制作にあたってルーティン音が必要となることもあり、少々早いものの11月にはロケをおこなった。はじめに撮影したのが、京都府伏見市にある京都ふしみ学園の「アトリエやっほぅ!!」に在籍する勝山雄一朗さんだ。
勝山さんには、普段座っている椅子に体を預けて前後に揺らすというルーティンがある。元々、京都ふしみ学園の作業班にいたのだが、大きな音や特定の音が苦手で、比較的静かな今のアート班/アトリエやっほぅ!!へと移ってきた。
筆を持つわけではなく、毎日施設の方から裏紙をちぎりながら、今日も勝山さんは椅子を揺らし続ける。椅子が揺れるたび、施設内にはギー、ギーという音がリズムよく響く。当初はこの音を軽減するために、椅子の足にテニスボールをつけていたこともあるという。
ロケ隊がお伺いさせていただいた日。勝山さんは、「ロゴのついた服を避けてほしい」という私たちからの相談を丁寧に守り、グレーのフリースを身に纏い、施設に姿を現した。「勝山さん、今日はNHKの撮影やで」。施設員の中島慎也さんが勝山さんに声をかける。勝山さんも機材を見て、「よし、撮影だ!」と心なしか意気込んでいるようにも伺えた。
さあ撮るぞ、と慣れた手つきで機材を準備している撮影チームを横目に、椅子に座った様子を、まさに「この音です」とメンバーにお伝えしようとすると、なぜか……音がしない。勝山さんは確かに椅子に座って前後に揺れているのに。椅子から音が鳴らないのだった。
担当の中島さんとともにロケハンに訪れた時はあれほど音が鳴っていたのに、と焦る。試しに私たちも同じ椅子に座ってみるが、音が鳴らない。焦る私たちの傍らで、勝山さんは変わらず、にこやかな笑顔を浮かべながら、前に後ろに揺れていた。
他の利用者が給食のため食堂へと移動していく中、少し時間が経ったあるとき、勝山さんの椅子は小気味いい音を奏で始めた。施設内は録音のため、目線を合わせてやがて静まり、クルーは固唾を飲みながら勝山さんのルーティンを眺めた。
ギー、ギー、ギー、ギー。
録音していたのは、たった1分ほどだったと思うが、何倍にも長い時間のように感じられた。横を見ると、Whateverのプロデューサー・相原幸絵さんが祈るように手を組みながら目を閉じ、勝山さんに合わせて前後に体を揺らしていた。
織田さんがカットをかけると、張り詰めていた空気は一瞬で解けた。中島さんは、これまでで一番静かな「アトリエやっほぅ!!」だったと笑った。ふと勝山さんを見上げると、すべてを理解しているかのような表情を浮かべながら、私たちの方を振り返ってニコリと笑った。やまびこのように、私たちも笑った。
ロケの後、じっくりと絵を見ながらナレーションを書いた。ルーティナーの表情、現場の息づかい。歌詞制作にも取り組んだ。こども向け番組であり、これを観たこどもたちがどのように感じるか、「障害」への固定観念がついてしまわないようにするにはどうすればいいか、そして一緒に観ている保護者の方々の心にじんわりと広がるものにできるか。作詞も初めてのことだったが、そんなことを思いながら筆を取ると、言葉が自然とこぼれてきた。
◆くりかえしに、リスペクトを。
私たちが事業の主軸としているアートには、「くりかえし」から生まれる作品が多く存在する。佐々木早苗「無題(黒丸)」、工藤みどり「無題(青)」……。その「くりかえし」は常同行動と呼ばれ、気持ちがおだやかになったり、リラックスできたりする。中には「刺激がほしい」という人もいるらしい。
でも、「くりかえし」は、同時に「リスペクト」の対象にもなりうるのではないかと思う。同じことをしつづけられるという能力。そしてそこに、「好き」が加わっていく。
事情を知らなければ、同じことを繰り返す行動や、音を立てつづける行動は、不思議で奇怪だ。でも、彼らがもしルーティナーだとしたらどうか。途端にいとおしく思えてこないだろうか。ミステリアスで、到底真似できない“尊さ”さえ私は感じる。
繰り返すこと。それは、才能なのだと思う。
文=桑山知之
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