台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page29】

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 六、師走の春日部で

 期末試験は終わり、成績も出て学校は冬休みに入りました。街にクリスマスムードと師走のあわただしさが同居して活気のあるにぎやかさがあふれていました。

 ハルの下宿のくらやみ鍋も今月はクリスマス仕様。丸鶏を生姜やネギや香草と共にスープでじっくり煮込んだ特製。担当の長島も前日から気合を入れて仕込みました。おむすびは今回は塩むすびではなく、青菜と刻んだカリカリ梅と金ゴマでクリスマスカラー。おまけはみちると恵美が作ったクッキー。ありさとしおりとゆいはおむすびを握ったり、クッキーを小分けして小さな袋に入れリボンをかけたりと3人で手伝い、そのあいだ中、楽しそうにおしゃべり。

「ねえねえ、ありさ、成績上がった?」とゆい。

「あー、だいたい2学期と変わらなかったー。でも1週間休んじゃった割にはまあまあかな。3学期はもうちょっと頑張ってみる。ゆいは?」

「あたしはちょっと上がった。ほんのちょっとだけどね。しおりもけっこうよかったって言ってたよね。お父さんに褒められた?」とにこにこしながらしおりに振ると

「うん、ママは上がったじゃない!って少し喜んでたみたいだったけど……それがさあ……」

「何かあったの?」

「弟がね……成績が上がらなくて……てかちょっと下がったみたいで……パパはママにお前が悪いんだとか……塾の冬期講習はちゃんと手配したのかとか文句言うからママもパパにはあんまり口きかなくて……弟に対しても結構うるさいこと言って、小学生の頃はパパの言うこと素直に聞いてたけど、このごろは……なんていうの?思春期とか反抗期っていうやつ?声変わりしたあたりから変わったっていうか……自分の部屋にこもるようになっちゃってて……」

「はあー、それは家の中が暗いよね……しおり、居心地悪いでしょ」とありさ。

「そう。だからね、朝ごはんの時、弟は出てこなくて、パパもママもしゃべんなくて気まずい感じだったから、パパにあたしの成績表見せて、『少し上がりました』って言ってみたの」

「そしたら?」とゆい。

「そしたらね、あはは……パパは『ふん』って言っただけだったから、予想通りだったけど、質問するなら今だと思って……『パパは中高一貫校へ行けなかった子や、成績が下がった子は嫌いですか?それとも何があっても好きですか?』って質問してみたの」

「へえー、ドラマなら『好きに決まってるじゃないか』って言うとこだよね。それで、それで、お父さん答えたの?」とありさ。

「それがね……あはは……一瞬目をまん丸くして……間があって……それから逆切れしたみたいに『親に向かって何言ってるんだ‼好きも嫌いもない!親は親、子どもは子ども!』って、会社に遅れるからって立ち上がって鞄もって出ていこうとするから、後ろ姿に向かって『あたしはパパのことすきですから!パパがあたしを嫌いって言っても。それはショックですけど。好きって言ってくれたり、褒められたりしたらすごくうれしいです。今答えなくてもいいですから、いつか聞かせてください!』って言っておいたの。それが今朝のこと」

「ねえ、今夜帰ったらお父さん、なんて言うかね。怒ったりしない?」とゆい。

「さあ、わかんない。でも、落ち着いたらまた次の質問用意してるから……」

「ねえ、すごいね。すでに親を乗り越えようとしてるね、しおりちゃん」いつの間にか3人の後ろに来ていたハルがしおりに声をかけました。

「もしかしたら、あんたのお父さんも厳格な親の下で、好きとか嫌いとか言えない家庭で育ったのかもしれないね。親を乗り越えていくには親への理解も必要だけど、あんまりものわかりのいい子にならなくてもいいんだからね。親は親、子は子というなら、子は親に甘えていいってことだから」

 そのとき玄関から

「こんにちはー、ミズキです!」

「いらっしゃいミズキちゃん!」

「あの、駅前すごいですね!羽子板市やってました!きれいだなーって見てたら売ってるおじさんが『これあげる』ってちっちゃいかわいい羽子板くれて……はい、これありささんの分」

「さあ、もうお客さんきますよー!テーブルと椅子の準備お願い!それから4人のうち2人は外で長島君のお手伝いよろしく!」と恵美が号令をかけ、いつも以上にお客さんの多い、にぎやかなくらやみ鍋が催されたのでした。

 くらやみ鍋が終わり、後片付けをして帰ったしおりとゆいを見送って、ミズキはリビングでお茶を飲んでいるハルに

「これ、私のキャラクター、描いてみました。どうですか?」

 そこには絵筆とスケッチブックを持った、江戸時代の旅姿の少女のキャラクターが描かれていました。ネーミングは「謎の女絵師ムサシ」

「うん、これはいいね。江戸の娘風にしたのもいいね。だって、リュックしょってたら、裸の大将になっちゃうから。あはは」と笑うハルにミズキは

「それはないですよー。ランニング着てないし!……あ、おむすびは好きですけど」

 ミズキは冬休みいっぱいハルの下宿に泊まって、お正月は実の母の実家に新年のご挨拶に行ったりしながら、ありさとともに、ハルからいろいろな話を聞こうと思っているのでした。

 

 これで「かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~」は終わります。読んでくださりありがとうございました。またいつか続編を書こうと思っています。



 

 


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