台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page12】

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二、ハルと学校 ⑥

 須藤を玄関で見送ったハルは、涙をぬぐって赤い目をしたみちるの肩に手を置いて言いました。

「ちゃんと見ていてくれる人がいるって、ありがたいね」

 みちるは、また泣き出しそうになりながらうんうんとうなずきました。

「面接がすんだらいっしょに奥多摩のありさに会いに行こうか?それまではね、ミズキちゃんのご両親にお任せしようよ。なあに、一週間や二週間休んだってどうってことないよ。うちには何年も休んだつわものがいるんだから。それでもなんとかひと様のお役に立つ仕事に就けているし。ね!壮介」

 台所のテーブルでおむすびをほおばっていた壮介は不意に話を振られて

「え?なに?おいらのこと?何の話かぜんぜん見えませんな」と、とぼけています。

「壮介、今日は遅かったね。無料法律相談の仕事は夕方までじゃなかったの?」

「一般の相談会は夕方までだけど、終わったら職員さんから相談受けちゃって。個人的なやつ。場所かえて話してた。職場内のことだから」

「へえ、職場内の訴訟ごと?」

「まあ、訴訟までは考えてないけど、誰かに相談したいんじゃないかね。意外と多いんだ。パワハラ、モラハラ、セクハラ、どこが線引きなのか知りたいっていうの。訴訟起こすというのは避けたいけど、とにかく居ずらい、上司に相談するにもどういったらいいか、自分の勘違いって言われないかって」

 食べ終わって片付けながら言う壮介に、ハルは

「あ~、いろいろ経験してきた壮介は相談相手にぴったりだよね。順風満帆に来た人とは違うから、引き出しがたくさんあるね。そうだ、みちるちゃん、いざというときは専門家がいるから助けてもらえるね!」

 ハルが目をきらりとさせてみちるのほうを見ました。

「壮介さん、よろしくお願いします!」とみちるに頭を下げられ、照れ隠しに

「ハイハイ、そのかわり相談料はそれなりにいただきますぞ」とみちるに目を合わせずにリビングを出ていこうとする壮介に

「あんたにかけた学費でおつりはくると思うけどなあ」とハルが声をかけるころには壮介は

「それは別~!」と言いながら、そそくさと自分の部屋に行ってしまいました。

「ハルさん、あたし、壮介さんとあんまり話したことなくて、よく知らないんですけど、不登校……だったんですよね。原因はなんだったんですか?いじめとか?」

「いじめはなかったと思うけどね、友達もいたし。不安を感じやすい子だから、他の子にはどうってこともないようなことで自信を失うと前に進めなくなる性質でね。副担任の先生が廊下でみんなの見ている前で叱ったことが一つのきっかけだったらしいけど、それまでもいろいろと心に不安を抱えていたんだろうね。義務教育の間の3年近くの不登校で、そのあとも挫折続きだったけど、やけを起こして道を外れることも、ひと様や自分を傷つけるようなことをせず、やってこれたのが、ほんとありがたい。長い時間と学費もかかったけどさ」

「へえ、すごいですね。あきらめない壮介さんもえらいけど、ハルさんの支えがあったからなんですね」

「いやいや……あたしは母親としてはダメダメさ。壮介の中学校に相談に行ったとき、今日のありさの相談とおんなじ。子どもが持っている不安と、その裏返しの強がりを先生と一緒に理解して何とか登校につなげる方策を探ろうとして相談してもね、学校は目の向いている方向が違う。解決には動いてもらえなかった。それで、あきらめかけていたんだ。ところが、あるとき、テレビを見ていた壮介が、何かの拍子に、たぶんその時の自分の気持ちや立場に刺さる内容があったんだろうね、急に怒り出して、学校に電話をかけて副担任の先生を出せ!っていきまいて。その勢いにあたしはびっくりしたよ。でも、それが功を奏して学年の先生、その副担任の先生、うちにやってきて、息子も父ちゃんも交えて、話し合いを持って、壮介の気持ちを伝えて、副担任の先生には、その時の指導が壮介の気持ちを傷つけたこと、謝ってもらったんだよ。本人が本気出して動くとき、やっと事が動くんだねえ」

「そうなんですか!先生がちゃんと謝るって、珍しいですよね!すごい!それから壮介さん、学校に行くようになったんですか?」

「いやいや……そのことは一件落着したんだけどね、すんなり学校に行けるわけじゃなく、結局は登校しないまま卒業。卒業証書は校長室でもらったんだよ」

「ああ、高校と違って中退ってないんですね。ありさもなんとか高校卒業してほしいけど……。壮介さん、高校はどうしたんですか?」

「まあ、進学の時もいろいろあったけどね、通信の高校に在籍してサポート校に通って、そこから勉強に目覚めちゃって、目標決めて、予備校にも通って。その目標がハードル高くて……とうてい無理かと思ってたら、岩をも通す信念というのか……まあ、時間とお金をかけたけどね」

 そういいながらハルは、寄り添ってくれる親のいないみちるやありさのために何か言葉を探そうとしていました。そのとき、

「あたしたちは親はいないけど、周りの人にほんとによくしてもらって、助かります。ハルさんありがとう。面接終わったら、奥多摩のミズキちゃんのご両親にお礼を言いに行きます。それじゃ、おやすみなさい!」

 すっきりした様子でみちるは自室に戻っていきました。

    三、奥多摩で① に続く



 







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