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かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page10】
二、ハルと学校 ④
ハルが学校を出ると、部活を終えて下校する生徒たちがニ、三人ずつ連れ立ってしゃべりながら歩いていました。日暮れの早い晩秋、自転車もライトをつけてハルの横を通り過ぎていきます。ヒュ~ッと冷たい風が校庭わきの樹木の葉をかさかさ鳴らし、ハルの首を撫でていったとき、ハルは目が覚めたような気がしました。
「いけない、こんな時間になっちゃった。夕飯の支度してないのに」
それからは急いで帰ることしか考えられませんでした。電車に乗り春日部のハルの下宿に戻ったのは7時少し前。
「ただいまー!ごめーん、遅くなっちゃって」
台所には鰹だしのいい香りと海苔の香り。みちるが味噌汁を作り、恵美とその息子の裕太が楽しそうにおむすびを握っています。
「ハルさん、お疲れさまー。今作り始めたとこです。とりあえず、何かお腹に入れるものと思って。おかずはこれから考えようとしてたとこです。あ、裕太、それつまみ食いしない!」と恵美。
「ありがとね。あ~、おむすび美味しそう。今すぐ食べたいなあ。それに、みちるちゃん、お味噌汁すごくいい香りだね、美味しそう!そうだ、冷蔵庫から残り物出して、今日はセルフおむすびパーティーにしよう!裕太、悪いけど、今いる人みんな呼んできて!」
「ほっほ~い」
ハルは冷蔵庫、冷凍庫から残り物や冷凍ご飯を取り出し、レンジで温め、大皿に盛っていきました。
みちるはできた味噌汁を椀に注ぎながら、ハルに
「あの、今日、いいことがあったんです。実は、就職が決まりそうなんです」
「え!そうなの?よかったじゃない!おめでとう」
「あの、まだ面接はこれからなんですけど、今日、前に住んでいた施設の看護師さんから連絡があって、その人の元職場の保育園の管理栄養士さんの空きに強力に推薦してくれたみたいで……。あ、それから、今日ありさの学校へ行ってくれたんですよね、ハルさん、すみません。ほんとは私が行かなくちゃいけないのに」
「ごめん、みちるちゃん、私、役立たずだった。というかよけいなことしたかもしれない。あとで話すね。せっかくのおむすびパーティーだから楽しく食べよう!」
食卓には6人。テーブルに盛られたいくつかのおむすびと、大皿に盛られたいろいろなおかず、椀には湯気を上げる味噌汁。
「それでは、みなさん、今日もお疲れさまでした。いただきまーす!」のあいさつで一斉に手が伸びます。
「ねえねえ、カレーを半解凍してみたの。それ入れて誰か食べてみて」
「カレーおむすびいいですねー」
「ママ、ぼくは小さいおむすびいっぱい作って全種類食べるよ」
「それはいいけどね、小さいと具が入らないと思うよ」
「あ、ぼくは大きいの作って全種類入れてみようかな」
「それじゃ小学生とレベルあんまり変わんないじゃん」
笑いながらみな無心に自分のおむすびを作って食べる中、ハルは恵美の作ったおむすびに手を伸ばし
「あたしはやっぱり人の握ってくれたおむすびが一番おいしい」
ご飯の温かさでしんなりした海苔のおむすびをほおばるハルの目はうっすらと涙でうるんでいるのですが、みな、それには気づかずにただ夢中になっておむすびを作ったり、握りが甘くてくずれて落ちるご飯粒を慌てて拾ったり、それを笑ったり……にぎやかな夕食の時間を過ごしたのでした。
大皿に盛られていたおかずもおむすびも夜遅い人のために残されたもの以外、みな食べきって片づけをしていたとき玄関チャイムが鳴り
「こんばんはー!須藤です。藤崎みちるとありさがお世話になっています」
みちるとありさが以前住んでいた児童養護施設の看護師の須藤が訪ねてきたのでした。