台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page28】

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 五、ハルの手紙 ③

 ありさは日曜日に奥多摩に行くことをミズキとミズキの父親に伝えました。春日部に帰ったその日からミズキとはLINEでやり取りしていたので、ありさの決断についてはミズキもだいたいわかっていました。

 ありさはハルの手紙を豊田に渡す前に自分に残しておきたくて、便せんの一枚一枚を写真に撮り、ケータイに保存していました。

 ありさのクラスでは、どの授業でも質問タイムが規定事項のようになってきました。実技教科の体育の時でさえ、どのように走れば長距離でも息が切れず走れるようになるのかという質問などが出るようになりました。質問を競い合う風潮も見られ、教室後ろの黒板にはアニメキャラの絵に添えて「質問王に!俺はなる‼」と書かれました。けれども、質問するにはしっかりと聞いたり、勉強していないと先生から逆襲に遭い、撃沈することになります。質問するほうも無責任ではいけないことを学ばされて、さてクラスはどんなふうに変わっていくでしょうか?学習面ではこの後の期末試験の結果でそれが現れることになりそうです。

 ただ、ひとつだけ目に見えて変わったことがあります。クラス内で飛び交うちょっとした言葉に反応して「それ、いじめじゃね?」とか「それ、〇〇への命令?」とか、ちょっと気になった人が誰かの代わりに質問して、言った人をハッと気づかせることが軽く許されるようになったことでした。前にありさの感じていた居心地の悪さも少しずつ解消されてきました。

 日曜日、ありさは奥多摩のミズキの家に向かっていました。2週間前に姉とけんかして出ていった時とは全く違った気分で眺める車窓はやわらかな晩秋の日差しに照らされて、どの景色を見ても自分の故郷につながっているような懐かしさを覚えました。そうはいっても小さい頃に両親が亡くなり故郷がどこなのか、誰かに聞かれてもこことは言えないのですが、自分をありのまま迎えてくれるところ、人に何かしてあげられるところ、人とのつながりのある所が自分の居場所であり、故郷のような気がしたのでした。

 ありさを迎えたミズキはにこやかでしたがどこか寂しげでもありました。たった2週間の間に急に大人になったありさが自分の手から届かないところに行ってしまうのではないかと感じていました。

 ミズキの両親にお礼を言い、しばらくは今の学校でがんばってみる、そして保育士になるための進路を考えること、長い休みにはまた診療所でお手伝いをしたいことを伝えました。ミズキの父は無理しすぎないように、そしていつでもやり直せるから心配しないようにと言われました。陽子からは夏休みにまた診療所にお手伝いに来てほしいと言われました。

 ハルの手紙の写真はミズキにだけ見せました。ミズキもまた驚いていました。ミズキは

「冬休みにはまた春日部に行きますと、ハルさんに伝えてください。この前、見てもらおうと思っていた私のキャラクターのデザインと見てもらいたいから。それからハルさんともっとお話しして、ハルさんのキャラクターを描いてみたいから」

「待ってるね、ミズキちゃん。あたしもハルさんに聞きたいこといっぱいあるから。期末終わるまではちょっと勉強頑張らなくちゃ」

 六、師走の春日部で に続く

 

 

 

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