女剣士ミズキ改め_タイトル3

女剣士ミズキ改め、

春日部の観光のコンテンツをちりばめたストーリーを何度も書き直してきました。小説としては未熟。挿絵をつけたいけどイラストがうまく描けない。
それでも、この作品が春日部の魅力的なコンテンツとなるよう編集を重ねていきたい。

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    女剣士ミズキ改め、  二、

「おーい、ミズキ~!」
 湿度のある冷たい風がほほをなでる川べりの下校の道を一人で歩くミズキを後ろから呼び止める声がした。
 「あ、亮平」
 「今日ミズキのクラスも移動教室の事前指導あったんだろ?ミズキの班、大丈夫か?美咲が言ってたけど、ほんとはミズキを自分の班に入れようと思ったけど、そうすると、あの変人の二人がさ、余っちゃうからって……。あの二人と一緒の班で不安ならさ、オレたちの班と一緒に行動すれば?オレたち人ごみ嫌いだからさ、スカイツリーに昇ったら、あとは隅田公園にいようって決めてんの。もし、他でお金使わなきゃさ、水上バスに乗ってもいいかなって」
 「水上バス?それ船なの?亮平、船好きなんだ。カヤックでは落ちたけど」
 「落ちたって、おい!あれは小三のときだろ?あんときの絵を描いてさ~。ひで~よ!それにしても、ミズキはいっつも絵を描いてたよな。それでよく張り出されて表彰されてたよな。今も描いてるのか?なんで美術部に入らなかったんだよ」
 (拙者、剣士の修行に忙しいのじゃ)
 ミズキは亮平の言葉には答えず、うつむき加減にやや足早になった。
 「オレ、小六の夏にはカヤック上達したんだぜ。あれはかっこよく描いてほしかったよ。でも、ミズキ、その時は来なかったし」
 なおも足早に行こうとするミズキに追いつきながら亮平が
 「ごめん!そうか、あの頃だったんだな、ミズキの母さん……」
 話題を変えようとした亮平が
 「だけどさ、ミズキのクラスにも来ただろ……あの歴女、国語の大木。スカイツリー周辺の話って……古文の授業みたいに板書しちゃって。能で泣いたとか、梅若の幽霊とかなんちゃらとか……。よっぽど大木のほうがなんかにとり憑かれてるって!」
 うつむいていたミズキがハッとして顔をあげた。
 (そうだ、あの時に聞こえた声が、ウメワカって……)
 そのとき、ふいに横から声がかかった。
 「あらま、久しぶり!ミズキちゃん」道沿いにある茶屋えんどうのおばちゃんだった。
 「うちのじいちゃんがね、すごく喜んでいたんだよ。ミズキちゃんがいつか描いてくれただろう?じいちゃんの絵。そのあと体悪くして寝込んでた時もね、枕元に置いてたんだよ。あの絵。ほんとに気に入ってたんだよ。亡くなってからもね、お仏壇のそばに置いてるよ。なんだか、じいちゃんがそこにいて見守ってくれてるみたいでね。あたしも心が落ち着くんだよ。今度おばちゃんの絵も描くねって言ってくれただろう?楽しみにしてるんだよ」
 ミズキはちょっと返事に困って会釈して立ち去った。
 「ミズキちゃん、かわいそうだよねえ。でもきっとまた描くよね。あの子は人が好き。それが絵に出てるもの。きっと大丈夫」
 ミズキたちを見送りながらおばちゃんは目を潤ませた。

 「ただいま」
小声で言い、そのまま二階の自分の部屋へ上がろうとするミズキに陽子が声をかけた。
 「あ、ミズキちゃんおかえりなさい。この間から話してた、あさっての日曜、あなたのお母さんの三回忌。今回はね、埼玉のお寺でやるの。あちらとの打ち合わせがあるから明日の土曜日から向こうに泊まるの……」
 ミズキは話を最後まで聞かず階段を上がり、部屋に入ってしまった。
 (あなたの母さんって……それじゃあ、あなたは誰?お父さんの二人目の妻?)
バタリとドアを閉め、カバンを放り出し、机の鏡に向かい
 (そして、私は誰?)
鏡に映った自分の顔は怒っているような、泣いているような、曇った顔の女の子だった。
 (はっ!拙者は女剣士ミズキではないか。女々しい顔などしておられぬ。女々しく弱い自分など斬って捨てるのじゃ!)
 ミズキは自分のほおを両手でパンパンと叩き、キリッとした表情を作った。
 この二年ほどの間、ミズキは自らを「孤高の女剣士ミズキ」と自称して周りとの交流を断ってきた。周りに宣言したわけではない。ただ自分に言い聞かせる自分のあり方として。それまで大好きだった絵も描かなくなっていた。何者にも何事にも心を動かさないようにしてきた。ひとたび心を動かせば自分が壊れそうな不安もあったのかもしれない。
 放り投げたカバンを開くと来週行われる移動教室のプリントが出てきた。
 (ふん、群れて動く移動教室など女剣士には似合わんのじゃ)

 二年生の移動教室は、青梅と浅草、スカイツリーの電車の交通ルート、決められたエリアの中での班行動を計画し、与えられた三千円分のスイカとスカイツリー展望チケット、小遣いの二千円で見学し、後日レポートを提出して二学期の成績に加算されるというものだった。集合解散地点、スカイツリーのチェックポイントには教員が配置され、時間内にチェックしなければ家庭に連絡がいくのだった。
 班は仲のいい者同士が三、四人くっついてできたのだが、クラスに友だちのいない者もいる。ミズキは、そういう、いわば残り物同士のくっついた班の、しかもそれをまとめる班長になってしまったのだ。
 だが、ミズキの班のほかの二人はアニメおたくの深沢裕子といわゆるガリ勉の東出遼子。二人とも集団活動には消極的だから、三人揃って欠席ということもできるかと踏んでいた。
 しかしミズキの予想に反して、二人は乗り気で、スカイツリーにも行ったことがあり、集合解散場所の意見を出し、ミズキには見学場所の意見を求めてきた。意見を求められたミズキはプリントの地図の中の一つを指さした。ミズキはまだスカイツリーに行ったことがなく、地図の中の「公園」の文字が目に入っただけなのだ。
 「はい、隅田公園ですね」と二人がうなずいた。
 気持ちがついていかないミズキをよそに計画が立ってしまったのだ。
 それとは別にミズキには妙に気になることがあった。この数日間、自分に聞こえる何者かの声というか、メッセージのようなもの。
 それは移動教室の事前指導の時にも聞こえていた。担任の田川がクラスの生徒に向かって、スカイツリーの最寄り駅を知っているか?と尋ねたとき、
 「……ナ・リ・ヒ・ラ・バ・シ……」
 さらにその後、墨田区周辺の学習ということで、歴女と言われている国語科の大木が入ってきてプリントを配って板書しながら話しているときにも
 「先ほどお話しした『伊勢物語』、『東下り』の在原業平の都鳥の歌……。昔から、川には愛する人を思って流す涙にまつわる話が多いんですよ。私、浅草寺境内で行われた薪能を見たんです。その時の演目が『隅田川』、これがまた悲しいお話で……私泣いちゃったんですよ」
 そのときにまたミズキに聞こえてきた声。
 「……ウ・メ・ワ・カ・ヅ・カ……」
 まるでラジオのチューニング中に何かの拍子にどこか遠くの放送局のチャンネルに一瞬合った時のような、ノイズのかかった感じで聞こえるのだった。
 大木は時折涙ぐみながら話し続けていた。
 「人買いにさらわれ京の都から東国の武蔵の国に連れてこられた梅若丸という子どもが病で亡くなり、隅田川のあたりで捨てられてしまう。その子が死ぬ前に『ここに塚を作って柳を植えてほしい。そうすれば京都から来た人が見るだろうから』と言い残す。その死を知らずに母は半狂乱でわが子を訪ね歩いて、たどり着いた隅田川の対岸で何やら人々が集まっているのを見て、渡し守にあれは何かと尋ねる。渡し守が言うには、一年前に亡くなったかわいそうな幼児の死を哀れみ、一周忌の念仏を唱えていると。それこそ母が気が狂うほどに捜し歩いたわが子、梅若丸の塚、つまり墓だったのです。母と人々が念仏を唱える中、愛しいわが子が一瞬だけ姿を現し、念仏を唱えて消える。東の空が白むころ、母の目の前にあったのは塚に生い茂る草に過ぎなかった……」
 大木は話し終わる頃には自らハンカチでまぶたを抑えるほどになっていた。
 チャイムが鳴って皆がざわざわする間も大木は続けて
 「その梅若伝説ゆかりの場所が『梅若塚』、そしてその菩提を弔う寺が『木母寺』。どちらも墨田区にあります!」

                      女剣士ミズキ改め、三 に続く

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